見込が無いから、というので、これも旋頭歌だからどちらから読んでもいい。強く愛している女を独占しようとする気持の歌で、今読んでも相当におもしろいものである。「うつくし」は愛することで、「妻子《めこ》みればめぐしうつくし」(巻五・八〇〇)の例がある。「死ねやも」は、「雷神《なるかみ》の少し動《とよ》みてさしくもり雨も降れやも」(巻十一・二五一三)と同じである。併しこの訓には異説もある。この愛するあまり、「死んでしまえ」と思う感情の歌は後世のものにもあれば、俗謡にもいろいろな言い方になってひろがって居る。
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朝戸出《あさとで》の君《きみ》が足結《あゆひ》を潤《ぬ》らす露原《つゆはら》早《はや》く起《お》き出《い》でつつ吾《われ》も裳裾《もすそ》潤《ぬ》らさな 〔巻十一・二三五七〕 柿本人麿歌集
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同前。朝早くお帰りになるあなたの足結《あゆい》を潤《ぬ》らす露原よ。私も早く起きてその露原で御一しょに裳《も》の裾《すそ》を潤《ぬ》らしましょう、というのである。別《わかれ》を惜しむ気持でもあり、愛着する気持でもあって、女の心の濃《こま》やかにまつわるいいところが出て居る。「吾妹子が赤裳《あかも》の裾の染《し》め湿《ひ》ぢむ今日の小雨《こさめ》に吾さへ沾《ぬ》れな」(巻七・一〇九〇)は男の歌だが同じような内容である。
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垂乳根《たらちね》の母《はは》が手放《てはな》れ斯《か》くばかり術《すべ》なき事《こと》はいまだ為《せ》なくに 〔巻十一・二三六八〕 柿本人麿歌集
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人麿歌集出。正述心緒《ただにおもいをのぶ》という歌群の中の一つである。一首の意は、物ごころがつき、年ごろになって、母の哺育《ほいく》の手から放れて以来、こんなに切ないことをしたことはない、というので、恋の遣瀬無《やるせな》いことを歌ったものである。これは、男の歌か女の歌か字面だけでは分からぬが、女の歌とする方が感に乗ってくるようである。術《すべ》なき事というのは、どうしていいか為方《しかた》の分からぬ気持で、「術《すべ》なきものは」、「術《すべ》の知らなく」、「術《すべ》なきまでに」等の例があり、共に心のせっぱつまった場合を云っている。下の句の切実なのは読んでいる
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