は長谷の谿《たに》を流れ、遂に佐保川に合する川である。
○
[#ここから5字下げ]
旅人《たびびと》の宿《やど》りせむ野《ぬ》に霜《しも》降《ふ》らば吾《わ》が子《こ》羽《は》ぐくめ天《あめ》の鶴群《たづむら》 〔巻九・一七九一〕 遣唐使随員の母
[#ここで字下げ終わり]
天平五年夏四月、遣唐使(多治比真人広成《たじひのまひとひろなり》)の船が難波を出帆した時、随行員の一人の母親が詠んだ歌である。長歌は、「秋萩を妻|問《ど》ふ鹿《か》こそ、一子《ひとりご》に子|持《も》たりといへ、鹿児《かこ》じもの吾が独子《ひとりご》の、草枕旅にし行けば、竹珠《たかだま》を繁《しじ》に貫《ぬ》き垂り、斎戸《いはひべ》に木綿《ゆふ》取《と》り垂《し》でて、斎《いは》ひつつ吾が思ふ吾子《あこ》、真幸《まさき》くありこそ」(巻九・一七九〇)というのである。
この短歌の意は、私の一人子《ひとりご》が、遠く唐に行って宿るだろう、その野原に霜が降ったら、天の群鶴よ、翼を以て蔽《おお》うて守りくれよ、というのである。この歌の「はぐくむ」は翼で蔽うて愛撫する意だが、転じて養育することとなった。史記周本紀に、「飛鳥其翼を以て之を覆薦《ふせん》す」の例がある。「武庫の浦の入江の渚鳥《すどり》羽ぐくもる君を離れて恋に死ぬべし」(巻十五・三五七八)、「大船に妹乗るものにあらませば羽ぐくみもちて行かましものを」(同・三五七九)があり、新羅《しらぎ》に行く使者等の歌だから同じような心持があらわれている。なお、「天《あま》飛ぶや雁のつばさの覆羽《おほひば》の何処《いづく》漏りてか霜の零《ふ》りけむ」(巻十・二二三八)の例がある。
母親がひとり子の遠い旅を思う心情は一とおりでないのだが、天の群鶴にその保護を頼むというのは、今ならば文学的の技巧を直ぐ聯想《れんそう》するし、実際また詩的に表現しているのである。けれども当時の人々は吾々の今感ずるよりも、もっと自然に直接にこういうことを感じていたものに相違ない。それは万葉の他の歌を見ても分かるし、物に寄する歌でも、序詞のある歌でも、吾等の考えるよりももっと直接に感じつつああいう技法を取ったものに相違ない。そこで此歌でも、毫《ごう》もこだわりのない純粋な響を伝えているのである。もの云いに狐疑《こぎ》が無く不安が無く、子をおもうための願望を、
前へ
次へ
全266ページ中168ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング