とりというぐらいの意に取ってよいが、滝下《たきしも》より滝上《たきかみ》の感じである。この初句は、「石激」で旧訓イハソソグであったのを、考《こう》でイハバシルと訓《よ》んだ。なお、類聚古集《るいじゅうこしゅう》に「石灑」とあるから、「石《いは》そそぐ」の訓を復活せしめ、「垂水」をば、巌の面をば垂れて来る水、たらたら水の程度のものと解釈する説もあるが、私は、初句をイハバシルと訓《よ》み、全体の調子から、やはり垂水《たるみ》をば小滝ぐらいのものとして解釈したく、小さくとも激湍《げきたん》の特色を保存したいのである。
この歌は、志貴皇子の他の御歌同様、歌調が明朗・直線的であって、然かも平板《へいばん》に堕《おち》ることなく、細かい顫動《せんどう》を伴いつつ荘重なる一首となっているのである。御懽びの心が即ち、「さ蕨の萌えいづる春になりにけるかも」という一気に歌いあげられた句に象徴せられているのであり、小滝のほとりの蕨に主眼をとどめられたのは、感覚が極めて新鮮だからである。この「けるかも」と一気に詠みくだされたのも、容易なるが如くにして決して容易なわざではない。集中、「昔見し象《きさ》の小河を今見ればいよよ清《さや》けくなりにけるかも」(巻三・三一六)、「妹として二人作りし吾が山斎《しま》は木高《こだか》く繁くなりにけるかも」(巻三・四五二)、「うち上《のぼ》る佐保の河原の青柳は今は春べとなりにけるかも」(巻八・一四三三)、「秋萩の枝もとををに露霜おき寒くも時はなりにけるかも」(巻十・二一七〇)、「萩が花咲けるを見れば君に逢はず真《まこと》も久になりにけるかも」(巻十・二二八〇)、「竹敷のうへかた山は紅《くれなゐ》の八入《やしほ》の色になりにけるかも」(巻十五・三七〇三)等で、皆一気に流動性を持った調べを以て歌いあげている歌であるが、万葉の「なりにけるかも」の例は実に敬服すべきものなので、煩《はん》をいとわず書抜いて置いた。そして此等の中にあっても志貴皇子の御歌は特にその感情を伝えているようにおもえるのである。此御歌は皇子の御作中でも優《すぐ》れており、万葉集中の傑作の一つだと謂《い》っていいようである。
大体以上の如くであるが、「垂水」を普通名詞とせずに地名だとする説があり、その地名も摂津《せっつ》豊能《とよの》郡の垂水《たるみ》、播磨《はりま》明石《あかし》郡の垂水《
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