ると、「有間山猪名の笹原かぜふけばいでそよ人を忘れやはする」などの如く歌名所になった。
○
[#ここから5字下げ]
家《いへ》にして吾《われ》は恋《こ》ひむな印南野《いなみぬ》の浅茅《あさぢ》が上《うへ》に照《て》りし月夜《つくよ》を 〔巻七・一一七九〕 作者不詳
[#ここで字下げ終わり]
※[#「覊」の「馬」に代えて「奇」、第4水準2−88−38]旅《きりょ》の歌。印南野で見た、浅茅《あさぢ》の上の月の光を、家に帰ってからもおもい出すことだろうというので、印南野を過ぎて来てからの口吻《こうふん》のようだが、それは「照りし月夜を」にあるので、併し縦《たと》い過ぎて来たとしても、印象が未だ新しいのだから、「照れる月夜を」ぐらいの気持で味ってもいい歌である。
いずれにしても、広い印南野の月光に感動しているところで、「恋ひむな」といっても、天然を恋うるので、そこにこの歌の特色がある。この歌の側に、「印南野は行き過ぎぬらし天《あま》づたふ日笠《ひがさ》の浦に波たてり見ゆ」(巻七・一一七八)というのがあるが、これも佳い歌である。
○
[#ここから5字下げ]
たまくしげ見諸戸山《みもろとやま》を行《ゆ》きしかば面白《おもしろ》くしていにしへ念《おも》ほゆ 〔巻七・一二四〇〕 作者不詳
[#ここで字下げ終わり]
「見諸戸《みもろと》山」は、即ち御室処《みむろと》山の義で、三輪山のことである。「面白し」は、感深いぐらいの意で、万葉では、何怜とも書いて居る。「生《い》ける世に吾《あ》はいまだ見ず言絶《ことた》えて斯く何怜《おもしろ》く縫へる嚢《ふくろ》は」(巻四・七四六)、「ぬばたまの夜わたる月を何怜《おもしろ》み吾が居る袖に露ぞ置きにける」(巻七・一〇八一)、「おもしろき野をばな焼きそ古草《ふるくさ》に新草《にひくさ》まじり生《お》ひは生《お》ふるがに」(巻十四・三四五二)、「おもしろみ我を思へか、さ野《ぬ》つ鳥来鳴き翔《かけ》らふ」(巻十六・三七九一)等の例があり、現代の吾等が普段いう、「面白い」よりも深みがあるのである。そこで、此歌は、三輪山の風景が佳くて神秘的にも感ぜられるので、「いにしへ思ほゆ」即ち、神代の事もおもわれると云ったのである。平賀元義の歌に、「鏡山雪に朝日の照るを見てあな面白と歌ひけるかも」というのがあるが
前へ
次へ
全266ページ中144ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング