は侍《さむらひ》の女房の覚悟に等しい心の抑制があつたからであらう。然るに今は他人の尽《ことごと》くが眠に沈んでゐる。赤彦君の枕頭に目ざめてゐるものは皆血縁の者である。そして終焉《しゆうえん》に近い赤彦君を呼ぶこゑが幾つ続いても、赤彦君はつひに一語もそれに答ふることをしない。血縁の者はいま邪魔なく、障礙《しやうがい》なくして慟哭《どうこく》し得るのである。僕は布団をかぶりながら両眼に涙の湧《わ》くのをおぼえてゐた。間もなく※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]鳴《けいめい》がきこえ、暁が近づいたらしい。その頃から僕は二たび少しく眠つた。

     七

 廿七日の午前六時半ごろ、主治医と二人で診察すると、脈搏はもはや弱く不正で結代《けつたい》があつた。息も終焉《しゆうえん》に近いことを示してゐた。そこで主治医の注意によりみんなが枕頭に集つた。赤彦君は稀《まれ》に歯ぎしりをし、唸《うな》つた。その唸《うなり》が十ばかり続くと、息が段々幽かになつて行つた。そして消えるやうになるかとおもふと、また唸がつづいた。それがまた十ばかりつづいてまた息が幽かになつた。そのうち八時になつたので、みん
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