た。
主治医の伴さんは、きのふ以来帰宅せずに全く赤彦君の枕頭を護《まも》られたのであつた。伴さんはかういふことを語られた。赤彦君はきのふ迄《まで》は、いつもどほり神経痛のための注射を要求されたさうである。『今日もやはり注射をしませうか』と問うたとき、『もちろん』と答へたが、それが非常に幽《かす》かなこゑであつたさうである。今までは神経痛のために仰臥することが出来ずに、おほむね炬燵《こたつ》に俯伏《うつぶし》になつてゐたのが、昨夜以来は全く仰臥の位置の儘《まま》だといふことである。きのふ以来、急に脈搏《みやくはく》が悪くなるので、虚脱の来るのを恐れたといふことである。さういふことを伴さんは語られた。昨夜十二時過ぎに状態が悪くなつて、みんなが枕頭につめかけたのであつたが、それが少しく持直して今日に及んだのであつた。
藤沢古実君はかういふことを話して呉れた。きのふ、岡麓さん、今井邦子さん、築地藤子さん、阪田幸代さんの見えられたとき、『先生。岡先生がおいでになりました』といふと、赤彦君は辛うじてかうべを起して、銘々に点頭《うなづ》いたさうである。そして『ありがたう』といつたが、それが恐らく
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