このパノラマは上野公園には上野戦争がかいてあったが、これは浅草公園のものほど度々《たびたび》は見ずにしまった。そのころ仲見世《なかみせ》に勧工場《かんこうば》があって、ナポレオン一世、ビスマルク、ワシントン、モルトケ、ナポレオン三世というような写真を売っていた。これらの写真は、私が未だ郷里にいたとき、小学校の校長が東京土産に買って来て児童に見せ見せしたものであるから、私は小遣銭が溜《た》まると此処に来てその英雄の写真を買いあつめた。
 そういう英雄豪傑の写真に交って、ぽん太の写真が三、四種類あり、洗い髪で指を頬《ほお》のところに当てたのもあれば、桃割に結ったのもあり、口紅の濃く影《うつ》っているのもあった。私は世には実に美しい女もいればいるものだと思い、それが折にふれて意識のうえに浮きあがって来るのであった。ぽん太はそのころ天下の名妓《めいぎ》として名が高く、それから鹿島屋清兵衛さんに引かされるということで切《しき》りに噂《うわさ》に上った頃の話である。
 そのうち私は中学を卒業し、高等学校から大学に進んだころ、鹿島氏は本郷《ほんごう》三丁目の交叉《こうさ》点に近く住んでいるとい
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