、玉子とじという蕎麦を食べさせた。私は仙台の旅舎で最中という菓子を食べて感動したごとく、世の中にこんな旨《うま》いものがあるだろうかと思ったが、程経《ほどへ》て、てんぷら、おやこ、ごもく、おかめなどという種蕎麦のあることを知って、誠に驚かざることを得なかった。
それから佐竹の通りには馬肉屋が数軒あったが、私はそういう処に入ることを知らなかった。ただ市村《いちむら》座の向側に小さい馬肉の煮込を食わせるところがあり、その煮方には一種の骨《こつ》があって余所《よそ》では味《あじわ》えない味を出していた。うちの書生の説に椿《つばき》油か何かを入れるのではなかろうかというのであったが、よくは分からない。
夜十時過ぎになると書生も代診も交って籤《くじ》を引いて当った者が東三筋町から和泉《いずみ》町のその馬肉屋まで買いに来る。今どきの少年は馬肉は軽蔑して食わぬし、ビステキなども上等のを食いたがるけれども、馬肉を食わぬからといって皆|賢《かしこ》くなるというわけではない。また、大正十年の夏、私は信州富士見に転地していたとき、あの近在に或る神社の祭礼があって、そこでやはり馬肉の煮込を食べたことがある
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