を引っ返して、鏡のように磨き立てた菓子屋の店へはいった。まずチョコレートを一杯注文して、それを悠《ゆう》ゆうと飲みながら、私は菓子屋の職人に言った。
「君は隣りにうまい建物を持っているじゃあないか」
相手は私の言葉の意味がわからないと見えて、帳場に寄りかかりながら怪訝《けげん》らしい微笑を浮かべて私を見ているので、私はあの空家を工場にしているのは悧口《りこう》なやりかただと、私の意見をくり返して言った。
「ご冗談でしょう、旦那。いったい隣りの家がわたしたちの店の物だなんて、誰からお聞きになったんです」と、職人は口を切った。
わたしが探索の計画は不幸にして失敗したのである。しかし、この男の言葉から察すると、あの空家には何かの曰《いわ》くがあるらしいような気もするのであった。諸君は私がこの男から、かの廃宅について左のような話を聞き出して、どんなに愉快を感じたかを想像することが出来るであろう。
「わたしもよくは知りませんが、なんでもあの家はZ伯爵の持ち物だということだけはたしかです。伯爵の令嬢は当時ご領地の方に住んでいて、もう何年もここへお見えになりません。人の話を聞くと、あの家もまだ当
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