か攫《さら》われて、八方手を尽くしてたずねたが、ついにその行くえが知れなかった。母親の夫人の悲歎《ひたん》は傍《はた》の見る目も憐れなくらいであったところへ、搗《か》てて加えて父のZ伯爵から、ピザにいるはずのエドヴィナ伯爵がX市のアンジェリカの邸で煩悶《はんもん》をかさねて瀕死の状態にあるという手紙に接して、夫人はほとんど狂気せんばかりになった。
夫人は産褥《さんじょく》から離れるのを待って、父の城へ馳《は》せつけた。ある晩、彼女は生き別れの夫や赤ん坊の安否を案じわびて、どうしても眠られないでいると、気のせいか寝室のドアの外でかすかに赤児の泣くような声が聞こえるので、灯をともしてドアをあけて見ると、思わず彼女はぎょっとしたのである。ドアの外には真っ赤な肩掛けのジプシーの老婆が這《は》いつくばいながら、「死」をはめ込んだような眼でじっと彼女を見つめているばかりか、その腕には夫人を呼びさまさせた声のぬしの、赤ん坊を抱えていた。あっ! 私の娘だ――夫人はジプシーの老婆の腕から奪い取った我が子を、嬉しさに高鳴りするわが胸へしっかりと抱きしめた。
夫人の叫び声におどろかされて、家人が起きてきた時には、ジプシーの老婆はもう冷たくなっていて、いくら介抱しても息を吹きかえさなかった。
Z老伯爵はこの孫にかかわる不可思議な事件の謎が少しでも解けはしまいかと、急いでX市のアンジェリカの邸へ行った。今では彼女の気違いざたに驚いて女中はみな逃げてしまって、かの執事だけがただ一人残っていた。老伯爵がはいった時には、アンジェリカは平静であり、意識も明瞭であったが、孫の物語が始まると、彼女は急に手を打って大声で笑いながら叫んだ。
「まあ、あの小娘は生きていまして……。あなた、あの小娘を埋めてくださいましたでしょうね、きっと……」
老伯爵はぞっとして、自分の娘はいよいよ本物の気違いであることを知ると、執事の止めるのも聞かずに、彼女を連れて領地へ帰ろうとした。ところが、彼女をこの家から連れ出そうとすることをちょっとほのめかしただけで、アンジェリカはにわかに暴れ出して、彼女自身の命どころか、父親の命までがあぶないほどの騒ぎを演じた。
ふたたび正気にかえると、彼女は涙ながらに、この家で一生を送らせてくれと父親に哀願した。老伯爵はアンジェリカの告白したことは、みな狂気の言わせるでたらめだとは思っ
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