る。宗祇にしても芭蕉にしてもそうじゃないか。みんなああいう人たちは好い死かたをしている。おれはそう思っているのだ。」
「芭蕉から宗祇へ遡ってみればよくわかるように、人の死かたにも伝統があるね。それでは宗祇からどこに遡れるか、そう問われればぼくは直《ただち》に定家卿というね。」
「いかにも――。」
「そうじゃないか。定家はもちろん旅で死んだというのではない。だがね、好い死かたをしたというのは旅で死んだというだけではないのだろう。芸術に対する執心、その執心のなかに永遠のすがたをみたいという願望、好いかね、その願望がはてしない旅をつづけさせているのだ。芭蕉の「曠野《あらの》の夢、宗祇の月をながめて」といった、あの臨終の言葉にこもるあくがれごこち、どちらも芸術の執心に萌《きざ》さぬものはない。定家とすれば俊成の幽玄から更に自個の立場を明らかにしようとして有心《うしん》を説く。芸術の分野で絶えず完成されぬ旅をつづけていたということになる。そうだろう。」
「おれもそう思っているのだよ。それにしても宗祇はえらかったね。長い間かれを知らずに過してきたのはおれの不覚であった。おれの生涯もまさに尽きようと
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