んぼん》と版式に変りはない。そうしてみれば、彼がその本を読んで感動した年代もほぼ明らかになる。今までに類のない新しい歌を歌って町を歩いたことがそう突飛とも思われなかったというのは時勢であろう。その時勢に応じて、いつとなく少年なるべき彼の心に、やがて意志の自由や個性の発現が望まれるようになっていたと解しても好かろう。新時代は確にこうした道をたどってその波動をひろめつつあったのである。

 生母に別れた後の鶴見は、親身《しんみ》になって世話をやいてくれるものは誰一人なく、一旦棄てられた小供がまた拾われてかつがつ養われていたような気分に纏《まと》われていた。それにもかかわらず、時勢にふさわしい歌を朗かにうたって、鬱屈した精神を素直に伸してゆけたことは全く姉のおかげであった。
 しかるに継母が来て、干渉がはじまった。その干渉の裏には棘《とげ》があった。
 姉は好い時機に国へ立って行った。それと共に姉は好い時分に東京にいたともいえる。
 毛糸の編みものがその頃流行していた。そういう手工《しゅこう》にも姉は器用であった。あの鹿鳴館に貴婦人たちが集って、井上外交の華やかさを、その繊手《せんしゅ》と嬌
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