《と》うさんの、そうだな、魂だよ。」
静代は思いも掛けぬ父の言葉を受けてびっくりした。曾乃刀自は例によってただ笑っていた。
蜥蜴はそのうちに忽ち姿を隠してしまった。
「おお」といったきり鶴見は黙っていたが、少し間を置いて、「あが蜥蜴まろ」といい足した。
[#天から3字下げ]庭つくりすゑしいはほをしが山と昇り降りすもあがとかげまろ
鶴見はこんな歌を即興によんだことがある。その折のことをおおかた思い浮べているのだろう。
静岡で家を新築する時のことであった。狭い借地に家を建てるので、家を主とすれば庭なぞというようなものは造れない。そこで鶴見は計画をめぐらした。僅《わずか》に十坪ぐらいの余地しか使えないのでは、花壇を拵《こしら》えるにしても、趣きを出すには寛《くつろ》ぎが足りなさ過ぎる。その上いけないことには、その地所は鍵の手に板塀で囲まれていた。板塀の外は街路で交通量が多い。何かにつけて殺風景である。それを逆に取って見るのも面白かろう。狭い庭に思いきり大木と大石とを配置して見よう。
鶴見はそう思い附いて、庭師を呼んで、その処置をすっかり委《まか》せることにした。庭師は若い時分名古屋へ行って修行して来たとかいっている。腕前の好いことは、市内に散在するその実績を見ているので間違いはあるまいと思ったからである。
庭造りには地所の狭い割に人夫も大勢かかり、万力《まんりき》などという道具もいろいろと備え附けられる。そうこうするうちに、庭師の自慢の大石が運ばれて来た。市に接した山村に捜索に往《い》って、渓流の畔《ほとり》に転がっていたものを見つけ出したというのである。鶴見に取って庭師の自慢話は実はどうでも好いのである。
その大石というのは子持石《こもちいし》であった。凝灰岩《ぎょうかいがん》に堅くて黒い礫《れき》を孕《はら》んでいる。その大小の礫の抜け出したあとが痘痕《あばた》のように見える。その穴にはしのぶ[#「しのぶ」に傍点]が生えている。いわゆるのきしのぶ[#「のきしのぶ」に傍点]である。石の形は蝦蟇《がま》が蹲《うずくま》っているようにも思われて、ちょっと渋い姿を見せている。一方の腹面には凹処があって、そこに水が溜る。頂上にはわざと削ったような平面が少しある。
鶴見はその石の頂上にある平面のところに、かつては小さな龕《がん》が祀《まつ》られてあったものと想像し
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