盞《ほざら》に暗黒の燈火《ともしび》を點ずるが如き痴態を執るものではなかつた。
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まだ彈《ひ》きも見ぬ少女子《をとめご》の
胸にひそめる琴のねを、
知るや君。
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「若菜集」に於ける島崎氏の態度は正にこれである。まだ彈きも見ぬ緒琴《をごと》は深淵の底に沈んでゐる。折々は波の手にうごかされて幽《かす》かな響の傳り來ることがある。詩人の耳は敏《さと》くもその響を聽きとめて新たなる歌に新たなる聲を添へる――それのみである。「若菜集」にはまた眞白く柔らかなる手に黄《きば》んだ柑子《かうじ》の皮を半《なかば》割《さ》かせて、それを銀の盞《さら》に盛つてすゝめらるやうな思ひのする匂はしく清《すゞ》しい歌もある。……
「若菜集」一度《ひとたび》出でて島崎氏の歌を模倣するもの幾多|相踵《あひつ》いであらはれたが、徒《いたづ》らに島崎氏の後塵を拜するに過ぎなかつたことは、「若菜集」の價値を事實に高めたものとも言へやう。到り易げに見えて達するに難《かた》きは「若菜集」の境地である。「若菜集」はいつまでも古びぬ姿、新しき聲そのまゝである。島崎氏自身
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