。
「不思議ぢやありませんか、この仙人掌にこんな花がさきましたよお。」
吐いたものを呑みこむやうな、この海村特有の語尾のひびきが、「不思議」といふものをゆつたりと運び來り運び去るが如く聞える。
如露のさきからは濺ぎ終つたあとの雫がぽたりぽたりと滴つて、まだ熱氣を含んでゐる砂地に染みこんでゆく。その雫の一つが仙人掌の花の上に落ちかゝつたとき、鮮紅に匂つてゐる花が微かにゆらめくと見てとつたが、わたくしはその花の姿から、怪しい微笑を控へる異國の貴女の畫像の表はす情趣と共に、日光を怖れると同時に日光を嘲笑ふマニヤにかゝつてゐるステンド・グラスの神經質とを想ひ浮べる。そしてわたくしの眼の前には極めてイマジナチイブな瞬間が閃めいて過ぎ去つたのであるが、ふと氣がつくと、花の頸はまたもとどほり眞直になつてゐる。
傍に立つてゐる別莊守の老人の顏には單純な沈默がいつまでも夢をむさぼつてゐる。
この老人が足輕であつた若いをりに、米利堅の黒船といふものが渡來して、世の中が大變にざわめいた。今の老人はその時下田に警護のために行つてゐて、さまざまな不思議を感得した。老人はこんな話をよくわたくしに聞かしてく
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