面の謬あるよしは前人もすでに言はれき。ここにて軍議をこらせしことありしやに朧ろげながらいひ伝ふ。もとより上代のことならむ。
 鳥島と裏浜とはあひ距《さ》ること僅に数町にすぎず、そのあひだ漣※[#「さんずい+猗」、第3水準1−87−6]《さざなみ》つねに穏かなり、かつ遠浅なれば最も海水浴に適す。夏の暁、潮風涼しく、松の林の下道|零《こぼ》るる露の滋《おほ》きとき、三々また五々、老幼を問はず、男女を択ばず、町に住める人々の争て、浜辺に下りゆくを見る。清きうしほに漬《ひた》りつつ、首《かうべ》をあげてまさに日の出でむとする方に向へば、刃金《はがね》、雷《いかづち》の連亙起伏する火山脈の極るところ、形塩尻のごとき浮岳は勃※[#「山/卒」、110−上−21]《ぼつそつ》として指顧のあひだに聳ゆ――雲を被《かつ》ぎて眠れるがごときもの漸く醒め来れば半面の微紅は万畳の波に映じ、朝霧のはれわたるままに、遠き海づらは水銀《みづがね》のごとく耀きて志摩半島の翠螺《すゐら》をのぞむ。
 また、徐《おもむ》ろに舟を遣り、やがて鳥島に纜《ともづな》を繋ぐ。島は周廻幾ばかりもあらぬが悉く岩石の累々たるのみ。堅緻《
前へ 次へ
全32ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蒲原 有明 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング