福岡)、よく自然的に、はた歴史的に、現今の地位を占めえたる――かくのごとき進歩はこの地に見るあたはざりき。外国との交通により、窯業《えうげふ》の発達せしことは一たび伊万里の名声をあげしめたりき、豊太閤の「名護屋御滞陣」は、一時天下の耳目を聳動《しようどう》したりといへども、単にこれをその他の盛衰に観るも、なお唯豪華の夢に過ぎざりけり。
 さもあらばあれ、松浦川といひ、玉島川といひ、領巾振山といひ、平戸といひ、名護屋といひ、伊万里といふその名はすでに世の人の耳に熟せり。地は筑紫のはてにありて、かばかりの注意をひきえしもの、豈ゆゑなしとせんや。今や、唐津に、佐世保に、新たに松浦の風気を揚げむとす、大に栄えむことは、或は地勢や阻まむ、しかも永く衰ふべからざるなり。
 わが「松浦あがた」の記はまさに了《をは》るといへども、なほ私《ひそ》かに飽かぬここちの禁《とど》めがたきものあり、そは人の未だこの地に遊びて、爽快なる大気のうちに嘯きしことを聞くの少なきを悲むがために。



底本:「ふるさと文学館 第48巻 【佐賀】」ぎょうせい
   1994(平成6)年7月15日初版発行
底本の親本:「現代
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