からざるを得ざるなり。
 風くろく、雨しろし、いかづち轟き、濤いかる、壱岐海峡の気圧ます/\低し。――自然の気象はたま/\当年の威武を回想するに好箇の紀念を供すべきなり。おもひを馳せて遠きをのぞむ、壱岐の島煙波ふかく鎖し、近海の諸島――「加唐《かから》、加部島《かべしま》、波戸《はと》、馬渡《まだら》」なるもの悉く双の眸に映じ来る。地はかくのごとく形勝を占め、眺望太だ闊達なり、ために大に、この胸の鬱を放ち、かの心をして宏うせしむるものあり。
 時に松風ひびきあがり、野飼の駒たてがみを振ひ、首を擡《もた》げ、高く嘶《いば》ゆることやまざりき。傍に砕けたる瓦の堆《うづたか》きがあり、そのあひだを抽《ぬ》きいでて、姫百合の一もと花さくもあはれなり。
 草場|船山《せんざん》の句あり、かの瓦もて製《つく》りたる硯に題する古詩のうちに――

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豈図[#(ヤ)]故国大星墜[#(ツ)]   七年[#(ノ)]辛苦空[#(ク)]涕涙、
高城依[#レ]旧臨[#(ム)][#二]海[#(ニ)]※[#「土へん+斥」、第3水準1−15−41][#一] 無[#(シ)]復[#(タ)]蛾眉佐[#(
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