んじ》はやく苔むして見ゆ。殿堂金碧の美なしとはいへ、おのづから粛穆《しゆくぼく》の趣あり。俯して谷川をのぞむ、皇后そのかみの卯月、河の中の磯に在《いま》して年魚《あゆ》を釣りたまひけるところ。「朕《われ》西のかた、宝の国を求めむとおぼす、もしことならば川の魚つりくへ。」と祈《の》みたまへる御声の朗かなるを、水脈《みを》しろく漲り落つる瀬のおとの高きがうちに聴くがごとき心地す。やがては、乙女の眉《まよ》びきのごと、はた天つ水影の押伏せて見ゆる向津国《むかつくに》も御軍の威に懼《おそ》れ服《まつろ》ひけむをおもふ時、われは端なくも土蜘蛛、熊襲《くまそ》なんどの栄えたりし古の筑紫に身をおくがごとくて、遽《すみやか》に神の御前を去りあへざりき。
 されどまた試みに憶良の歌を誦すれば、いとも優しき玉島川は歴史以外におのづから絶えせぬ情の水の清くしてゆるやかなるものあるべし。――

[#ここから2字下げ]
松浦なる玉島川にあゆつると
   たたせる子らが家ぢしらずも
[#ここで字下げ終わり]

何ぞそのこころの遠くして、その調のあがれることや。

     四

 唐津より西北、佐志をすぎ、唐房《
前へ 次へ
全32ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蒲原 有明 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング