――この詩を誦し去りて、われらは先づ肥前の国に入る。「温泉《うんぜん》はちまき、多良頭巾《たらづきん》」といふこと、これをその国のある地方にて聴く、専ら雲の状《ありさま》を示せるもの、おもしろき俚諺《ことわざ》ならずや。温泉岳と、多良岳と、かれに焦熱の地獄あれば、これに慈悲の精舎《しようじや》あり、これに石楠花《しやくなげ》の薫り妙なれば、かれに瓔珞《やうらく》躑躅《つゝじ》の色もゆるがごとし、一《いつ》は清秀、他は雄偉、ともに肥前の名山たることはしばしば世に紹介せられたりし、かつ題目の制限を超ゆるあたはざれば、これより直に、北のかた、松浦あがたの空を望まむかな。
 南、島原半島の筑紫富士(温泉岳)と遥にあひたいし、小城《をぎ》と東松浦との郡界の上に聳え、有明海沿岸の平野を圧するものを天山《てんざん》――また、あめやま[#「あめやま」に傍点]ともいふ――となす。この山ことに高しとにはあらざれども、最《もつとも》はやく雪を戴くをもて名あり。蓋《けだ》しその絶巓《いただき》は玄海洋《げんかいなだ》をあほり来る大陸の寒風の衝《つ》くに当ればなり。
 更に転じて西松浦の郡界に到れば、黒髪山《く
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