もエメラルドを碎いて棄てたやうである。また恰も印象派の畫布に觀るところの如くでもある。僕はわびしい冬の幻相の中で、こんな美しい緑に出會うとは思ひもかけなかつたのである。僕の魂も肉もかゝる幻相の美に囚はれてゐる刹那、如幻の生も樂しく、夢の浮世も寳玉のやうに愛惜せられるのである。然しながら自然の幻相が何等の強力を待つて發現するものでないのと等しく、その幻相の完全な領略はまた何等の努力をも待たないものである。夢をして夢を語らしめよ。

 ――君。僕はもう默してよいころであらう。眼も疲れ、心も疲れた。ふと花壇のほとりを見やると、白い胡蝶がすがれた花壇にさいた最初の花を搜しあてたところである。そしてその胡蝶も今年になつて始めて見た胡蝶である。春が來る。僕の好きな山椿の花も追々盛りになるであらう。十日ばかり前から山茱萸と樒の花がさいてゐる。いづれも寂しい花である。ことに樒の花は臘梅もどきで、韵致の高い花である。その花を見る僕の心は寂しく顫へてゐる。[#地から2字上げ](明治四十五年三月)



底本:「明治文學全集 99 明治文學囘顧録集(二)」筑摩書房
   1980(昭和55)年8月20日初版
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