してゐるのである。カイロに於いて私はヒユー氏の家庭の午餐に招かれ、又クレスウエル氏の懇切なる案内によつて、氏の專攻題目たる囘教建築を見物することを得たが、此等は皆な英人から受けた厚意である。其の間に於いてたゞアラビヤ博物館のハツサン氏が、我々をオールド・カイロの遺跡に導かれたことゝ、コブト博物館を訪問して、ハンナ氏に會つて、濃い「モツカ」を飮みながら心ゆく談話に耽つたのは、埃及に於いて本國人と接觸し得た稀なる機會であつた。而して之に由つて感じたことは、若しも斯かる機會がなほ多く與へられたならば、私の埃及觀は餘程變つたに違ひないと思つたことである。
ギゼーの「ピラミツド」へは勿論カイロへ著いた翌朝直に出かけて行つた。而してナイルを始めて渡つたが、思つたよりも大きくなく、遙かに砂漠の黄褐色な臺地の端に立つてゐる「ピラミツド」の姿も、想像よりは小さく見えた。駱駝の乘心地はまことに船の樣な變なものであつたが、是れでなくては砂漠は渡れまい。
「ピラミツド」の内部へ這入つた時ほど無氣味のものはない。其の狹く險しい傾斜を暗中一本の蝋燭を便りに登つて行く間に、土人の案内者が屡々錢を貪つて「マグネシウム」を燃やす。好奇心も消えてたゞ早く外へ出たいと思ふばかりであつた。「ピラミツド」の上へは登ることを止めたが、一人の土人は私共に、金を呉れたら頂上まで十分間で往復して見せると言ふに至つては驚き且つ呆れた。私は其の男に『それは君の身體に惡いだらうから止める』と言つたら、『身體よりも金の方が大切だ』と言つた。萬事が此の主義と見える。
四
又、メムフイスの都の遺跡ほど淺ましいものはない。巨人の如き古王の石像が、死骸の樣に椰子の林の間に倒れてゐる外には、「バクシシユ」と呼んで蠅の如く蝟集する物貰ひの子供と、些少の古物を賣り付ける土人がゐる丈けである。たゞサツカラの階段「ピラミツド」の發掘は中々面白く、殊に第三王朝の王樣の墓穴に深く這入つた時は、苦しかつたが之を償ふ興味は充分にあつた。而してフワース氏の發掘小屋の氣持よいのを羨ましく思つた。「セウペウム」と言ふ神聖な牛を葬つたスバラしい墓があつたが、餘りに馬鹿々々しい設備であると感じた。二度目にサツカラへ行つた時は、大風が吹いて砂漠の砂を飛ばし、驢馬の上で面をあげることも出來ず、濛々として一町先きも見えない荒天であつた。これがサハラの眞中であつたら、駱駝と共に骸骨となつてしまふ外はないと思ふ。ある「マスタバ」の墓中で、案内者のサラーが長々しく説明をやり、此の墓の壁畫には、何でも描いてないものはないと言ふので、私は『埃及では神に奉納する爲に手を出してゐる圖があるが、手を出して「バカシシユ」を貰つてゐる圖はないではないか』[#「』」は底本では欠落]と言つてやつたら、苦笑して引き下がつた。
併しカイロの博物館は、世界に於ける一大「コレクシヨン」である。「シエク・ユル・ベレツド」や、ラホラブとノフエルト公夫妻の像の如きは、古帝國の彫刻の優品として、又美術史上古今に濶歩す可き作品であるが、かの評判のツタンカーメン王陵發見の金ピカの遺物に至つては、たゞ俗目を驚かすのみに過ぎず、美術上などから言つて格段の價値はない。此の博物館の次に私のカイロで感心したものは、囘教建築の美であつた。殊に其の住宅の中庭、木造の格子などの清楚なる工合は、西班牙のアルハムブラでも見られなかつた新しい「レヴエレーシヨン」である。
五
上埃及のルクゾールはナイル河畔にある水境であつて、寫眞などで見ると、其の岸に臨んでゐるルクゾールや、カルナツクの神祠などは、いかにも清々しい環境にあるかの如く想像せられるのであるが、其の實晝の間はやはり塵埃と見物客の雜沓に惱まされ、物乞ひの類に煩はされる場處に過ぎない。たゞ私共の逗つた「サボイ・ホテル」は、直にナイルの岸に臨み、其の朝夕の景色は忘るゝことの出來ない情趣を湛へて居る。テーベスの山に落ちる夕日は、足下に走るナイルの白帆の上に映じて、夜色漸く山河を鎖してからは、始めてルクゾールも昔ながらの靜寂に歸るのである。
テーベスの王陵の谷に驢馬を驅れば、強い日光は禿山と砂地に反射して目がくらむばかり、ツタンカーメンの墓穴に入り、石棺の内にまざ/\と殘つてゐる遺骸を見、更に三四の陵墓の深い横穴に入つて、其の規模の宏大には驚いたが、デル・エル・パーリの神祠の、直下千尺の懸崖の下に立つてゐる姿には、實に天下無比の偉觀と感服した。併しテーベスの一亭で中食を取つた時の蠅には、遂に憤慨せざるを得なかつた。支那、希臘の蠅も到底これには及ばない。拂子を以て間斷なく之を拂つても中々飛び去らず、顏や手にとまつては皮を螫さずんば已まない勢である。私は同伴の倉田君に向つて思はず『これで
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