よほど》うまく出來《でき》てをります。そのほか、馬鐸《ばたく》といつて杏葉《きようよう》と一《いつ》しょに、ぶら下《さ》げる鈴《すゞ》のようなものもあり、鈴《すゞ》が三《みつ》つ聯《つら》なつた珍《めづら》しい形《かたち》のものもあります。(第七十圖《だいしちじゆうず》)
[#「第七十圖 日本古墳發見馬具」のキャプション付きの図(fig18371_71.png)入る]
 元來《がんらい》馬《うま》は日本《につぽん》の石器時代《せつきじだい》の貝塚《かひづか》からその骨《ほね》が掘《ほ》り出《だ》されるので、古《ふる》くから日本《につぽん》にゐたことがわかりますが、しかし本當《ほんとう》に乘馬《じようば》に使《つか》ふ良《よ》い馬《うま》は、やはりその後《ご》朝鮮《ちようせん》あたりから輸入《ゆにゆう》されたものでありませう。それで馬具《ばぐ》も馬《うま》と一《いつ》しょに、朝鮮支那《ちようせんしな》などで用《もち》ひてゐたものをそのまゝ日本《につぽん》で使《つか》つたらしいのです。これらの馬具《ばぐ》をどういふ風《ふう》に着《つ》けたかといふことは、あの埴輪《はにわ》の馬《うま》を見《
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