代《じだい》に人《ひと》がはひつて作《つく》つたものではなく、びぞん[#「びぞん」に傍点]といふ牛《うし》のような動物《どうぶつ》は、一萬年《いちまんねん》近《ちか》くも前《まへ》でなければ棲息《せいそく》してゐなかつたものであり、それをこれほど寫生的《しやせいてき》に描《か》くには、實物《じつぶつ》によつて寫生《しやせい》したのでなければならぬといふことなどが、だん/\わかつて來《き》たのみでなく、やがてはフランスの中部《ちゆうぶ》ドルドーンヌのフオン・ド・ゴームといふ所《ところ》の洞穴《ほらあな》などにまた、同《おな》じような繪《え》のあることが發見《はつけん》せられたのです。それで今日《こんにち》では誰《たれ》もこれを疑《うたが》ふものはなくなつたのであります。
[#「第二十五圖 舊石器時代の人が洞穴に畫をかいてゐる圖」のキャプション付きの図(fig18371_26.png)入る]
私《わたし》もこの間《あひだ》、スペインのアルタミラ[#「アルタミラ」は底本では「アルタミナ」]の洞穴《ほらあな》へ行《い》つて親《した》しくその繪《え》を見《み》ることが出來《でき》たのでありますが、それはのろ/\とした丘《をか》の頂《いたゞ》きに近《ちか》く小《ちひ》さな口《くち》を開《ひら》いた穴《あな》であつて、中《なか》にはひると十數疊敷《じゆうすうじようじ》きぐらゐの大《おほ》きさの室《しつ》があつて、その奧《おく》へ進《すゝ》むと二三十間《にさんじつけん》ほどもはひつて行《ゆ》かれます。今《いま》の動物《どうぶつ》の繪《え》はその大《おほ》きい室《しつ》の天井《てんじよう》に描《か》いてあつたが、石《いし》の凹凸《おうとつ》を巧《たく》みに利用《りよう》して突出部《とつしゆつぶ》を動物《どうぶつ》の腹部《ふくぶ》とし、黒《くろ》と褐色《かつしよく》の彩色《さいしき》をもつて描《か》いてあつて、それがあり/\と殘《のこ》つてをります。一萬年前《いちまんねんぜん》より今日《こんにち》までこのようによく保存《ほぞん》されたとは思《おも》へないくらゐであります。また近年《きんねん》この洞穴《ほらあな》を發掘《はつくつ》して、昔《むかし》彩色《さいしき》に使《つか》つた繪具《えのぐ》も發見《はつけん》せられたので、それらは洞穴《ほらあな》の傍《そば》にある番人小屋《ばんにんごや》にある小《ちひ》さな陳列室《ちんれつしつ》に竝《なら》べてありました。昔《むかし》の人《ひと》は暗《くら》い室《しつ》の内《なか》でどうしてこんな繪《え》を描《か》いたのでせうか。おそらく燈火《とうか》を用《もち》ひたとすれば動物《どうぶつ》の脂肪《あぶら》をとぼしたことゝ思《おも》はれます。この洞穴《ほらあな》の繪《え》を發見《はつけん》したのに面白《おもしろ》い話《はなし》があります。發見者《はつけんしや》は偉《えら》い學者《がくしや》でも大人《おとな》でもなく、一人《ひとり》の小《ちひ》さい娘《むすめ》さんであつたのです。今《いま》から五十年程前《ごじゆうねんほどまへ》ん[#「ん」はママ](一八七九|年《ねん》)に、この附近《ふきん》にサウツオラといふ人《ひと》が住《す》んでゐました。その人《ひと》は古《ふる》い穴《あな》を調《しら》べることに興味《きようみ》をもち、ある日《ひ》七八歳《しちはつさい》の女《をんな》の子《こ》を伴《つ》れてこの洞穴《ほらあな》の中《なか》へはひつたのです。穴《あな》の入《い》り口《ぐち》は、今《いま》より狹《せま》くやう/\四《よつ》ん這《ば》ひになつて中《なか》にはひつて行《ゆ》くと、女《をんな》の子《こ》が、
「お父《とう》さん、あそこに牛《うし》が描《か》いてあります」
と叫《さけ》んだので、
「なに、そんなことがあるものか」
と打《う》ち消《け》しながらよく見《み》ると、牛《うし》や馬《うま》の繪《え》が續々《ぞく/\》と七八十程《しちはちじゆうほど》も現《あらは》れて來《き》たので、サウツオラは驚《おどろ》きました。そしてそれが原因《げんいん》で洞穴《ほらあな》の研究《けんきゆう》をして、これを學界《がつかい》に發表《はつぴよう》しましたが、當時《とうじ》誰《たれ》も信《しん》ずる者《もの》がなく、サウツオラは失望落膽《しつぼうらくたん》し、殘念《ざんねん》に思《おも》ひながら死《し》んだのです。死後《しご》幾年《いくねん》かをへて、それが始《はじ》めて舊石器時代《きゆうせつきじだい》の繪《え》であることにきまり、今更《いまさら》サウツオラの手柄《てがら》を人々《ひと/″\》が認《みと》めるようになりました。今《いま》もその洞穴《ほらあな》の人《いり》り口《ぐち》に建《た》つてゐる碑文《ひぶん》にそのことが記《しる
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