へ曲《まが》つて、また南《みなみ》へをれて來《く》るあたりでは、近年《きんねん》舊石器時代《きゆうせつきじだい》の古《ふる》い遺物《いぶつ》が發見《はつけん》されるといふことでありますし、なほ北方《ほつぽう》のシベリヤの南部《なんぶ》においても、舊石器時代《きゆうせつきじだい》のものが現《あらは》れて來《き》たところから見《み》ますと、支那《しな》にも古《ふる》く舊石器時代《きゆうせつきじだい》から人間《にんげん》が棲《す》んでゐたことがわかるのであります。しかし、何分《なにぶん》支那《しな》は廣《ひろ》い國《くに》でありますし、またその東部《とうぶ》は大河《たいが》の流《なが》した泥《どろ》だとか、風《かぜ》が吹《ふ》き送《おく》つてきた小《ちひ》さい砂《すな》だとかゞつもつて、非常《ひじよう》にそれが深《ふか》いために、その下《した》に石器時代《せつきじだい》のものがあるのですから容易《ようい》に調《しら》べがつかず、今日《こんにち》までよく知《し》られてをりません。それで、將來《しようらい》われ/\が一《いつ》しょう懸命《けんめい》に調《しら》べて行《い》つたら、きっと面白《おもしろ》いことが發見《はつけん》されることゝ信《しん》じます。
 それからもと支那《しな》の領地《りようち》であつて、今《いま》は日本《につぽん》の一部《いちぶ》になつた臺灣《たいわん》にも石器時代《せつきじだい》の遺物《いぶつ》が出《で》ますが、支那《しな》から出《で》るものとよく似《に》てをります。しかし琉球《りゆうきゆう》のものになりますと、臺灣《たいわん》とは似《に》ないで、日本内地《につぽんないち》の繩紋式土器《じようもんしきどき》と同《おな》じ性質《せいしつ》の土器《どき》と一《いつ》しょに出《で》るのであります。
 以上《いじよう》述《の》べましたように、支那《しな》や朝鮮《ちようせん》の石器時代《せつきじだい》のものは、その土器《どき》の上《うへ》から見《み》て、日本《につぽん》のものとは關係《かんけい》を有《ゆう》してゐないようでありますが、たゞ彌生式土器《やよひしきどき》のようなものになつて始《はじ》めて少《すこ》し似《に》て來《く》るといふのでありますから、まづ石器時代《せつきじだい》には、日本《につぽん》は朝鮮《ちようせん》や支那《しな》とは獨立《どくりつ》の發達
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