本では「眞識名」]、島袋などの諸君と、振りかざす帽子の影も互に見えなくなり、波上の岬、無線電信の柱も、やがて視界から消え去つてしまつた後、私は臺南丸の船室に這入つて、三十餘年前日清戰爭の直後、亡き父が此の船に乘つて臺灣に往來せられたことを思ひ出して心を破つたと同時に、當年の優秀船が今は琉球通ひに廻はされてゐる運命の變轉を悲しんだ。而して大島に寄港した翌日からは、晝は中城貴族院議員の氣焔に聞入り、モンスーンの大ウネリに惱まされつゝ、夜は樂しかつた沖繩の旅に夢路を馳せた。
 清河君が私の小さい娘に贈られた木の葉蝶の額、福原君からの蘇鐵の鉢をはじめ、大谷ワタリの株、パパイヤの籠等々、南島のお土産を大事に携へながら。
[#地から3字上げ](ドルメン二―九 昭和七、五―一二)



底本:「青陵隨筆」座右寶刊行會
   1947(昭和22)年11月20日発行
初出:「ドルメン 第二號〜第九號」
   1932(昭和7)年5〜12月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※校正にあたって「現代紀行文學全集 第五卷 南日本篇」(修道社、昭和3
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