瞥見しなければ、何だか濟まぬ氣がしたので、夕食後○君の同道を煩はすことに決心した。
辻の遊廓の起原は古く、寛文十二年(康熙十一年)方々に散ばつて居つた尾類《ズリ》、即ち女郎をこゝに集めたのに始まるのであるが、明治四十一年仲島渡地の娼家をも併せてから、益々繁昌して今日に至つたと言ふ事である。那覇の他の民家とは違つて、青樓は多く二階屋であるが、固より大した大厦高樓ではない。此一廓では夜の九時頃は未だホンの宵の口であらうが、それでも嫖客の往來で大分賑つてゐる。板敷の廊下に續いた玄關には、どの家にも二三の女が立ち現はれてゐるが、強ひて客を引ぱつてゐるのは餘り見受けなかつた。否、初現の客がウカ/\這入つてでも行かうものなら、「あちやめんそーり」(明日御出で候へ)と體よく斷られるとの事で、數年前我がS・K君は哀れ其の運命を負はれたと聞いた。
私は○君の案内があるので、「竹の家」とか言ふ家に上り、大いに(?)歡迎せられたのは有難い仕合せであつた。女連は別々の部屋を持つて居り、内部は美しく飾つてあり、夜具棚の中にあるキレイな蒲團まで善く見える處などは、丁度朝鮮平壤で見た妓生の部屋と同じであつた。私
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