れは全然新式のノロの殿である。丁度此の時ノロさんは其の神殿の前で祷つて居り、その傍に二人の少女とその母親らしい人が二人居るので聞いて見ると、是は本年高等女學校へ入學の出來るやうに祷つてゐるとの話。而かも此の山のノロさんは、現在名護の女學校の生徒であるので、當分親類の女の人が代理をしてゐるのであるといふ。さればこそノロさんの家には女學生の制服や教科書が座敷に見えたのも解せられた。さても此の女學生のノロさんの時代頃に入れば、定めし色々信仰や祭儀にも變化が現はれることであらう。
ノロさんの家で勾玉と此の地發掘の銅鏡二面を見た。鏡はヤマトの時代で言へば藤原以後、恐くは支那傳來のものと思はれる。更に後ろの神山の上に登つてから宿に歸ると、私達の後を逐つて來た福原君が來著せられ、夕食の後村の青年會の人々十數人が、特に私達の爲めに盆踊りをやつて下さるといふので、洋服に著かへなほして見に行つた。琉球なればこそ此の一月のはじめに、野天で篝火を焚いて踊を見ることが出來るのであり、村人の厚意には深い感謝の念を捧げる外はなかつた。
一六 上ン土の古墓
次の日は朝九時神田、福原二君など
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