のを

[#ここから1字下げ]
〈原爆投下は急がれる
その日までに自分の手で日本を叩きつぶす必要を感じる
暗くみにくい意志のもと
その投下は急がれる
七月十六日、ニューメキシコでの実験より
ソヴェートの参戦日までに
時間はあまりに僅かしかない!〉
[#ここで字下げ終わり]

  4

あのまえの晩 五日の深夜、広島を焼き払うと
空より撒かれた確かな噂で
周囲の山や西瓜畑にのがれ夜明しをした市民は
吠えつづけるサイレンに脅かされながらも
無事な明け方にほっとして家に引返し
のぞみのない今日の仕事へ出かけようと町に道路に溢れはじめた
その朝 八月六日、その時間

君は工場へ父を送り出し
中学に入ったばかりの弟に弁当をつめてやり
それから小さい妹を
いつものように離れた町の親戚へ遊びにやって
がたつく家の戸に鍵をかけ
動員の自分の職場へ
今日も慣れぬ仕事に叱られに出た、

君は黙って途中まで足早に来た、
何かの気配でうつ伏せたとき
閃光は真うしろから君を搏《う》ち
埃煙《あいえん》がおさまり意識が返ると
それでも工場へ辿りつこうと
逃げてくる人々の波を潜り此処まで来て仆《たお》れた
この出来
前へ 次へ
全49ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
峠 三吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング