のこった毒気にあてられたのか
だるがって
やがて寝ついて
いまはじぶんの呟くことばも
はっきり分らぬお母さん

かなしみならぬあなたの悲しみ
うらみともないあなたの恨みは
あの戦争でみよりをなくした
みんなの人の思いとつながり
二度とこんな目を
人の世におこさせぬちからとなるんだ

その呟き
その涙のあとを
ひからびた肋《あばら》にだけつづりながら
このまま逝ってしまってはいけない
いってしまっては
いけない
[#改ページ]

  炎の季節

FLASH!
全市が
焚《た》きこめられた
マグネシュームのなかで
影絵のように崩れる。

音ではない
それは
フワリと
投げ出された意識。
埋められる瞬間の
とおい
おのれ、

千万の硝子の飛散。
鉛より重い古びた梁木《はりぎ》
どたりと壁土が
とどめをさし、
外は
奇妙な灰色の
ぶざまにへしゃげた屋根の
電線の網の
人くさくて
人の絶えた
何里四方かの
死寂。

急に立ち上った焦茶《こげちゃ》の山脈の
すり鉢の底に
つぶれた広島から
なんという奔騰《ほんとう》!
もりあがり逆巻きゆれかえしおし上り
雲・
雲・
雲・
赤・橙・紫・
はるか天頂で
前へ 次へ
全49ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
峠 三吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング