もうすこし、みんなもうすこしの辛棒だ――」
[#ここで字下げ終わり]
 と絶えだえの熱い息。

 しっかりしなさい、眠んなさい、小母さんと呼んでくれたらすぐ来てあげるから、と隣りの頭を布で巻いた片眼の女がいざりよって声をかける。
「小母さん? おばさんじゃない、お母さん、おかあさんだ!」
 腕は動かず、脂汗のにじむ赧黒《あかぐろ》い頬骨をじりじりかたむけ、ぎらつく双眼から涙が二筋、繃帯のしたにながれこむ。

 七日め
 空虚な倉庫のうす闇、あちらの隅に終日すすり泣く人影と、この柱のかげに石のように黙って、ときどき胸を弓なりに喘《あえ》がせる最後の負傷者と。

 八日め
 がらんどうになった倉庫。歪んだ鉄格子の空に、きょうも外の空地に積みあげた死屍《しし》からの煙があがる。
柱の蔭から、ふと水筒をふる手があって、
無数の眼玉がおびえて重なる暗い壁。
K夫人も死んだ。
――収容者なし、死亡者誰々――
門前に貼り出された紙片に墨汁が乾き
むしりとられた蓮の花片が、敷石のうえに白く散っている。
[#改ページ]

  としとったお母さん

逝《い》ってはいけない
としとったお母さん
このままいっ
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