やがて土木会社の拡張工事の土砂に埋まり
その小さな手や
頚の骨を埋めた場所は
何かの下になって
永久にわからなくなる
「斉美小学校戦災児童の霊」
花筒に花はなくとも
蝶が二羽おっかけっこをし
くろい木目に
風は海から吹き
あの日の朝のように
空はまだ 輝くあおさ
君たちよ出てこないか
やわらかい腕を交み
起き上ってこないか
お婆ちゃんは
おまつりみたいな平和祭になんかゆくものかと
いまもおまえのことを待ち
おじいさまは
むくげの木蔭に
こっそりおまえの古靴をかくしている
仆《たお》れた母親の乳房にしゃぶりついて
生き残ったあの日の子供も
もう六つ
どろぼうをして
こじきをして
雨の道路をうろついた
君たちの友達も
もうくろぐろと陽に焼けて
おとなに負けぬ腕っぷしをもった
負けるものか
まけるものかと
朝鮮のお友だちは
炎天の広島駅で
戦争にさせないための署名をあつめ
負けるものか
まけるものかと
日本の子供たちは
靴磨きの道具をすて
ほんとうのことを書いた新聞を売る
君たちよ
もういい だまっているのはいい
戦争をおこそうとするおとなたちと
世界中でたたかうために
そのつぶらな瞳を輝かせ
その澄みとおる声で
ワッ! と叫んでとび出してこい
そして その
誰の胸へも抱きつかれる腕をひろげ
たれの心へも正しい涙を呼び返す頬をおしつけ
ぼくたちはひろしまの
ひろしまの子だ と
みんなのからだへ
とびついて来い!
[#改ページ]
影
映画館、待合、青空市場
焼けては建ち、たっては壊れ皮癬《ひぜん》のように拡がる
あんちゃんのヒロシマの
てらてら頭に油が溶ける
ノンストッキングの復興に
あちこちで見つけ添えられ
いち早く横文字の看板をかけられた
「原爆遺跡」のこれも一つ
ペンキ塗りの柵に囲まれた
銀行の石段の片隅
あかぐろい石の肌理《きめ》にしみついた
ひそやかな紋様
あの朝
何万度かの閃光で
みかげ石の厚板にサッと焼きつけられた
誰かの腰
うすあかくひび割れた段の上に
どろどろと臓腑《ぞうふ》ごと溶けて流れた血の痕《あと》の
焦《こ》げついた影
ああ、あの朝
えたいの知れぬ閃光と高熱と爆煙の中で
焔の光りと雲のかげの渦に揉《も》まれ
剥《は》げた皮膚を曳きずって這い廻り
妻でさえ子でさえ
ゆきあっても判らぬからだとなった
ひろしまの人ならば
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