あんたの担ってゆくものはますます大きい。あんたは担うことばっかりかんがえて、自分の力がどれ程かに注意しておらない。だから荷物に押しつぶされてしまう恐れがあるのだ。とにかく今月中に起る一つの事件によってですね、あんたは、今迄の方針が自ずと変られると思います」
「どんな変動かわかりませんの」
「それは予言出来ますまい。とにかく、注意をしとりなさい。結婚はまあ、今のところいそがなくていいでしょう。あんたのような人はひとりでいた方がいいようなものです。金銭には不自由せん。一生は短い。十年も生きればいい方でしょう。これは又変るかも知れないです。人間必ずしも長寿が幸福だとは云えん。だが、惜しむらくは、あんたが女だということ。男なら英雄になっとる。銅像がたつ。女であるが故に、そういう宿命的なものがかえってわざわいの種ともなります。とにかく、動がありますから、それに注意して下さい」
私は百円置くとにげるように其処を出ました。彼の云った言葉を順序立てて思い出してみました。矛盾しているようで結局、何が何やらわかりません。急におかしさがこみ上げて来ます。銅像といえば、私の祖先も曽祖父も銅像がたてられました。けれども赤襷をかけて戦争中出征致しました。御影石の台だけが、お寺のある山にのこっております。雨のふる中を誦経しながら銅像をひきおろしたことを思い出しておかしくなったのです。
家へ戻って食事をしていると東さんがやって来ました。店に坐っている時は着流しで、真綿のちゃんちゃんこをきていましたが、玄関でみた彼は、うすっぺらの背広をきていてネクタイがゆがんでおります。おしゃれをして来たのかもしれませんが、東さんは断然、あの着流しがいいのに。
「どうぞ、父もお会いするでしょうから」
私は父の部屋に東さんを招じ入れ、いそいで食事を済ませると、お茶を持ってふたたび彼等のところへ行きました。品物をならべます。父と東さんはそれ等をみております。父は心細そうで、
「惜しいな」
と時々申します。東さんは、一つ一つをゆっくり観察しました。
「全部で二万三千円」
東さんはそう云いました。私も父も少なくとも三万円にはなると思っていたのです。私は、病のため剃ることも出来ないで白くのびた父のひげのあたりをみておりました。父も私の顔をみます。
「だって東さん、これ価値ものよ、茶碗だって、あんたんとこのあれよりずっといいことよ」
私はお腹の中で一つ一つを勘定しながらそう云いました。
「でもね。こんなものはすぐうれないのでね。……これが四千円、これがまあ八千円、セーブルはさっぱりなんでっせ。印象の色紙、三千円ね。後は全部で八千円。随分ふんぱつでっせ」
私は、床に今掛けた、山水の絵をみます。箱の上においた茶碗をみます。父は黙っております。
「東さん、この壺はあんまりやすい。せめて、この小さいもの全部で一万二三千はほしいわよ」
あれこれ、東さんと云い合っているうちに私も、もうどうだっていいという気持になりました。いくらに売れても同じです。一週間食べのびるか否かなのですから。結局、二万五千円で話がつきました。父も、それでいいと云うのです。東さんは話終ると一服煙管にきざみをいれて、ぷうっと美味しそうに吸いました。きざみ入れのさらさのえんじがいい色です。
「東さんのところへ行くと、ほしいものだらけ。父様、朝鮮箪笥もあったわよ」
「そうかい。焼いてしまったけど、あのうちにあったのもいい色だったね。さみしいことだよ」
「まあまあ旦那さん。元気出しなされ」
東の主人はそう云って明日品物をとりに来ると出て行きました。
叔母がはいって来て、宝くじが全部駄目だったと告げました。
「雪ちゃんに、ホテル約束したのにね、ワンコースを。駄目だった。来月はあたってみせるわ」
つぎだらけのスカートをはいた叔母は、大きな声で笑いながらそう云いました。
「おばさま、毎月毎月買う分、計算したらずいぶんのマイナスでしょう」
「そうなのよ。でもやめられないわ」
二人は又笑いました。
「まだまだ、貧乏と云っても私達はぜいたくかも知れないわ。おばさん、今夜は牛肉よ。宝くじにあたらなかった残念会にしようか」
叔母は、せかせかと茶室の方へゆきました。渡り廊下の戸がパタンといって冷い風がはいって来ました。
「もう、湯たんぽがいるわよ」
私はガラクタ入れの中から湯たんぽを出して来ました。ほこりをはらって水をいれるとそれはジャージャーもって使えないようになっておりました。
その晩、私は自分の部屋にいて、雑誌をよんでおりました。母と叔母とは、隣の部屋で編物をしておりました。二人の会話がきこえて来ます。
「お義姉様。春彦の本代が随分いりますのよ。科学の材料費なんかも。ノートや鉛筆やそんなものも馬鹿になりませんわね」
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