「あなたきょう、学校へ行かなかったのね、大学だからいいのかも知れないけれど」
 とやさしく問いました。信二郎はだまっております。
「街であなたをみかけたの、一人じゃなかったわ、お友達とでもなかったわ」
 何か云おうとするのをさえぎって私は更に、
「何もききたくないし、云いたくもない、でもそのことから……、やっぱりバンドはよしましょう。姉様、何とかして本代位、こしらえてあげます。姉様はあなたにしかる資格はないかもしれない、けれどあなたの将来を案じてるの、偉そうなこと云ってって、あなたはおこるでしょうけど……」
 と云いました。
「何も姉様に対しておこらない。だけど、僕は僕勝手に生きるんだ。バンドのことはよすもよさないも駄目になっちゃったんだ」
「今日の、どこかの奥様なんでしょう。どんなお交際なの」
「どんなでもいい、どんなでもいい。姉様あっちへ行って。僕を一人にしておいて下さい」
 私は立ち上りました。そして自分の部屋へはいると急に信二郎がかわいそうになって来ました。どんな風に生きるのか、私はやっぱり黙っているのがいいのでしょうか。信二郎は信二郎。私は私。私は私しか導くことも出来ないし、制御することも出来ないのです。寐る前に信二郎の部屋の前にもう一度何気なく来た私は、そこにすすり泣く声をききました。

 またある日――
 私と信二郎と叔母と春彦とカードをしておりました。父は相変らず、ぜいぜい云って隣の室で喘いでおります。
「ハート一つ」
 くばられたカードのうち六枚もハートがあります。そうしてオーナが四つもあるのです。
「クラブ二つ」
「ハート二つ」
「クラブ三つ」
「ハート三つ」
 サイドカードもこんなにいい。それにクラブがないから最初っからきれるわけです。私は得意になってあげました。ハートに決まります。叔母と組になっていて、開いた叔母の持礼も割合にいいのです。四つとって一勝負つけてしまいました。
「ビヤンジュエ、マドモアゼル」
 叔母が私の手を握って喜びました。二十年もの昔、巴里で仏蘭西人とブリッジをしたことがあると叔母はよく云いました。そして彼等の勝負好きの話や怒りっぽいことなどもききました。私達は弟のために勝負事をやめようと決心した翌日から又、やりだしておりました。隣から父がそのさわぎに遂々怒り出しました。
「はやくねろ、十一時すぎだぞ」
 私達はこそこそ
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