そんな時特別にしまいこんである桐の箱より出します。床の間には、三幅のかけ軸がかけられ、大きな七宝焼の壺にその季節々々の一番見事な花が活けられます。私もお振袖をきてお客様に御挨拶を致します。けれど、じっと坐ることが出来ないのですぐに奥へひきさがって兄や信二郎とおしょうばんの御馳走をたべます。その頃はそれがとりたててたのしいことではなく当然のように思っておりました。
 その夜、遠い親類にあたる松川の祖母さんの葬儀よりかえった母が、食事の後でこんな話をしました。
「松川さんのところのおばあ様ね、まあ、御葬式の費用に仏様の金歯をはずしなさったそうな、いくらなんでもねえ、ひどい世の中になりましたよ」
「どうしていけないんだい?」
 信二郎が傍から口を出します。私は父の顔をちらとみました。
「どうしてって、あきれた子だよ、死んだお人の身についているものなんですよ」
 と母は申します。
「いいじゃないか、おん坊に盗まれるよりかしこいさ、姉様どう思う?」
「私もいいと思う。とがめることはないわ、信二郎さんみたいに、唯物論者じゃないから死者の霊をまつりたい気持はあるわ、でも、金歯を抜くことが死者の霊に対して無礼だとは思わないわよ。それで御葬式してあげられたらいいじゃないの」
 父はにがい顔をして黙っております。叔母がとんきょうな声を出しました。
「だって、誰が抜くのよ」
「誰か、歯医者さんにでも」と私。父がその時はじめて口をひらきました。
「いやな話、もうよしたまえ、お前達は父さんが死んだら、たくさん金歯があるから、それでうんと食べるんだね」
 私は笑いながら云いました。
「雪子が死んだってあてはずれよ。金歯なんて一本もないわよ。人間の価値少しさがったわね。でも生きているうちはない方がよさそうね」
 話はそこでぷっつり絶えてしまいました。
 食後、私は信二郎の部屋へ行きました。勉強しているのかと思ったらごろんと横になって煙草をふかしております。
「勉強なさいよ。何してるの、時間が無駄よ」
「考えてるんだ、無駄じゃない」
「何を御思索ですか、紫の煙の中に何がみえるのでしょう」
 私は茶化すように申しました。
「ほっといてくれよ、うるさいね」
 信二郎はおこったような顔をし、私の方へ背中をむけました。私はその傍へすわってしばらくの間、じゅうたんの破れ目から糸をひっぱったりしておりましたが
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