急に泣けて来た。そして夫の肉体がありありと胸にうかび、夫のにおいを思い出した。私は行雄の手をにぎると、そっとふとんの中へ入れてやり、反対側をむいて目を閉じた。孤独って何て嫌なものだろう。私はそう思った。そして、作衛とおはるのことも極自然なことのように思えた。そして二人をとがむよりも、自分自身があわれでたまらなかった。未亡人、なんといういやな言葉だろう。女がひとりで生きてゆく、なんとかなしいことだろう。私は一晩中、ねむれなかった。枕がびっしょり涙で濡れた。
 けれども翌朝になると、私はふたたび二人に対して憤りを感じないではいられなかった。おはるに暇を出そうとも思った。だが個展を前にひかえてこのいそがしいのに、はっきりした理由もなくおはるに暇をやるのは馬鹿げていた。あまりにもそれは感情的であり、それが私の嫉妬ともひがみともつかぬものと気附いた時、暇を出すことを打消してしまった。ところが丁度、その一週間も後のことだったろうか、朝食後、私は、「ドビュッシーの月光に寄せて」という着想でネクタイを書いていた。あの透明な、ガラスのうすい器のような感じを出そうと、絵具をあれこれまぜながらたのしんでいた
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