しらえること出来んのです。じいはそれをとうから知ってたんです」
空がにわかに、くもって、雨がふり出した。梅雨に入ったのだと、私は庭先に眼をやった。作衛の語ったおはるのことなど、もうどうでもよかった。が作衛と別れるのは、私にしてもやはりさびしいことだった。
翌朝、起きてみるともう作衛の姿はみえなかった。「坊ちゃまに」と、たどたどしく書かれた紙きれと共に木で作った船がおいてあった。ゆうべ、よっぴて作りあげたのだろう。ちゃんと帆柱をたて、帆まで張ってあった。その布は、なつかしい作衛の働着だった。さつまの絣の私の長い思い出のものだった。貧しい贈物を喜んだ行雄は、それを小さな手洗鉢の流れで、浮かばせながら遊んでいた。その姿をみながら私は二人っきりの生活が一番いいと思った。行雄と私の間をさくものはない。私はどんなに行雄を愛したっていいのだ。行雄の眼に、ふっと夫をみた。私は行雄を呼んだ。
「お母ちゃま、何」
かけ上って来た行雄を私は縁側にしっかり抱いた。
「何? 痛いよう」
強く抱きしめた両手の中で行雄はどたばたしていた。
作衛は今頃、汽車にのって入歯をかたかたさせながらどんな気持だろうか
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