た。
「おはる」
今度は静かな声で作衛は云った。おはるはだまったまま何も云わない。私はおはるに返事をうながした。と急に喋りたてたのだ。
「奥様、私は申します。ええ申しますとも、このじいさんは一体幾つになるんでしょう。いやらしい、私を追いまわして、ええ、私は人妻なんですよ、ちゃんとした主人があるんですよ。そりゃ奥様、私は今までこのじいさんと何にもなかったとは申しません。ですが、それは済んだことなんです。それをいつまでもいつまでも根に持つなんて、全くいやらしいですよ。ねえ奥様、私はレッキとした人妻なんです。もうじいさんに来ないように誓わして下さい。来てもらったら困ります」
作衛は怒りにふるえて物も云えず唯おはるをにらみつけていた。私はおはるの言葉をきいてこの二人の立場をどう解決しようかと考えるまえに、おはるの生き方を羨んだ。済んだことは済んだことでさらりと水に流してしまって、そこには感傷も後悔も何にもない。私におはるの真似が出来るかしらと思った。作衛はやっと怒りをしずめて、それでもどもりながらおはると云い合いを始めた。それは露骨な、いやな言葉であった。おはるは作衛から私に云いよって来て
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