、「華々しき瞬間」に於いては、すこぶる難産であったのだ。難産して生まれたものは、大きなあやまちのしろ物であったのだ。どうして、苦しんでまでして書かなきゃならないのか、もう私は意地をはるのをよそう。私はこの道に才能がないことをはっきり知ったようだ。どんなに苦心をして作ったものでも、その作品が駄目な場合、その苦心は無駄骨折なんだ。だから、苦心作だとか力作だとか云われるのは、ひょっとしたら、侮辱されているのかも知れない、と考えたのだ。しかし、私の勝気さは、華々しきを発表した後にうけたショックで、すぐに書くことをよさなかった。そして、「孕む」という小説をかきはじめた。二三行。もうその先が出て来ないのだ。何度も二三行、がくりかえされた。かつて、書きかけの原稿をまるめてしまうという経験のない私であったのだ。それなのに書けない。何故苦しんでまで、原稿用紙に字をうずめねばならないのか、と頭の方で手に疑問をもちかけるのだ。それが五日つづいた。私は、決心した。久坂葉子を葬ろう。私は、小さな白木の箱をつくり、白布で掩い、勿論その中は久坂葉子の名前のあるすべての紙片をつめこむのだ。そして、焼こう。線香をたてよう。ブラームスの四番をかけて、もう二度と蘇生させないようにしよう、と決心したのだ。三年半の久坂葉子の生命であった。久坂葉子の存在のおかげで得をしたのは、映画好きの私が、試写会の招待券なるものを頂戴したにすぎない。多くの知人を得たことは、得であったようで、あまり結果的にみてよかったことはない。私は久坂葉子の死亡通知をこしらえ、その次に葬式をするのだ。弔文をよもう。
お前は、ほんとに馬鹿な奴だ、と。
[#地から1字上げ]〈昭和二十七年十一月〉
底本:「久坂葉子作品集 女」六興出版
1978(昭和53)年12月31日初版発行
1981(昭和56)年6月30日6刷発行
入力:kompass
校正:松永正敏
2005年5月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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