々教えてくれた。私はどうしても信じられなかった。学期はじめの体格検査の時に、アリーはふっくらしたお乳を私にみせた。私はそれを思いきりつかんだ。アリーはいたいのだと叫び声をあげた。その時から私はアリーに今までのように親しくすることが出来なくなった。そして、だんだんアリーを敬遠するようになった。アリーも又、私なんかと喋っても面白くないというような顔付をして、殆ど口もきかなくなってしまった。私は、少女らしい感傷にふける毎日を送った。何カ月かたって初夏が来た頃、自分の両方のお乳もふくらんでくることに気がついた。ほんの少しのふくらみであり、寝床にはいってさわってみると飛び上るほど痛かった。私はいつまでも子供でいたいのに、と必死になってねがってみたりした。

 最上級の一歩手前になった私達は、学校の仕事のおすそわけをいただいて、級の中から四五人、赤い腕章をつけることになり、私も辛うじてその中にはいった。腕章をつけることが大へん嬉しくて、家へ帰っても取りはずさなかった。担任の先生は、大人しい若い男の人だった。で私達は教室でさっぱり真面目にしなかった。ノートの後側から、紙をびりびり破ってゆき、それに手紙をかいて、授業中渡し合ったり、先生が黒板の方をむかれる度に、御べんとうを口の中へ投げ入れたりした。それから、少しずつ恋愛小説をよみ出した。三階のよく日のあたる三方窓の教室の隅で、単行本や雑誌を交換し合った。
 私はその秋に、一年上の男生徒に好意を持ちはじめた。彼は支那風の大きな邸宅に住む坊ちゃんで青白い顔をしていた。学芸会に独唱をしたり劇に出たりした。その声が、りんりんとしており講堂の隅で下稽古の時こっそりきいて夢中になってしまった。ラクダ色のセエータの下に真白い清潔なシャツをつけており腕時計をはめていた。小学生で腕時計をはめたりする人は極まれであった。私は、廊下で行き合ったりする時、ピカッと光るその時計が、彼を非常に偉いもののように仕立て上げるのを感じた。そのうち、彼の持物を掠奪してみたい気持になった。時計。それはあまり貴重品でそれに掠奪すればすぐにわかってしまう。で、私は筆箱にはいっているちびた鉛筆を盗《と》ろうと思った。何か、常に彼の持っているものを身につけていたいと思ったからなのだ。ある放課後、私は彼の学級の前へ一人で偵察に行った。六年生はいつも居残りをして、入試の勉強をしていたのだ。私は、すりガラスの窓を細目にあけて中の様子をみた。十数人の男の子が、黒板にかかれた算術の問題を解いていた。その中に私はすぐに彼を発見した。しかし、ドアをあけてはいって行ってはみつかってしまう。私は、廊下を行ったり、来たりして考えていた。小一時間もたった頃、ドヤドヤと部屋から人が出て来た。校庭へ出てキャッチボールをするのだということがわかった。私は階段を降りてゆく彼等を見送ってから、廊下に人影がいないことをたしかめると、するりとドアの中へはいった。彼のすわっていた場所へ来ると彼はきちんと後かたづけしており、名前のはいった黒いランドセルが机の横にかけてあった。私はいそいでそれをあけた。やっぱり黒い革の筆入があり、その中には万年筆もはいっていた。私は、緑のヨット鉛筆を一本ぬいて手ばやくポケットへ入れた。十五六|糎《センチ》あり、滑かにけずられていた。私は彼の字もみたいと思った。で、ノオトを一冊出した。四角い字で読方の下しらべがしてあった。私は、一番字のつまっている頁を一枚破って四角くたたむと又ポケットへしまいこんだ。その時、誰かはいって来る人の足音をきいた。私は、胸がじんじん鳴るのを感じながら机と机の間に身を低めた。それは、学校中で一番恐しい彼の担任の先生であった。彼は、先生の大きな机に着くと、何か調べ物をはじめた。進退窮まって、私はじっとしていなければならなかった。しかし、彼の調べ物の分量は随分多いようだった。屹度、生徒が運動場からもどって来るまでここに居るのだ。私は不安な気持がまして来た。私は、決死の覚悟でそろそろ歩み出した。机や椅子にあたらぬように身をかがめて這うように戸口に近づいた。先生は、むつかしい顔をして赤鉛筆で何か記入していた。私はやっと、先生のところから一番遠い距離の、後側の扉の下へ来た。ドアは閉っていた。私は又思案にくれた。が、いきなりたつと同時にドアをあけ、さっと廊下へ出ると一目散に階段のまがり角まで来た。
「誰だ」
 という怒号をきいた。その時は、私はすでに階下に近いところへ飛んで降りて来ていた。一階の廊下を素知らぬ顔をしてゆっくり歩いた。運動場へ出た。彼が球を高く高く放り上げる姿をみた。ポケットの中へ手を突込んで鉛筆と紙切れをしっかり掴んだ。
 その事件は、幸い誰にも発見されずに済んだ。私は、眠る時、枕カバーの中に、紙切れと鉛筆とを入れて
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