私は家中の人気者になっていた。おどけてみせることを好んでいた。その頃には、大人から裏切られたかなしさや、かなしさから生まれた警戒心は殆どほぐされていた。そして、ママコであるなど考えもしなくなっていた。私は、普通の少女になり、平凡な生徒になっていた。

     第三章

 紀元二千六百年というはなはだにぎやかな年が来た。提灯行列や花電車やいろいろな催しがほとんど年中行われた。何故こんな御祭さわぎをするのか子供心に不思議であった。私にとって、二千五百九十九年も、六百年も大差なかった。年を一つとっただけであり、数字嫌いな私には、何年か、何日かということさえ、面倒なことであった。
 四年生になると、男女別々の組になった。そのことが、何だか大人の一歩手前まで来たように思われて胸がときめいた。アリーと同じ組になれるように、私は毎日神様にお願いし、それがかなえられた。二学期に私は級長になった。そのことが又私を英雄気分にさせた。分列行進というのが毎週のように行われ、組の先頭にたって行進し、カシラーミギをかけた。唯一つ、この役目で辛いことがあった。それは、べんとうをたべる前に、教壇へたち、勅語や教訓を級友達に先だって大声でそらんじることであった。私は、暗誦がちっとも出来なかった。その頃、未だ九九がすらすらと云えなく、減算なども十指を使っている位だったから、長い勅語など、到底覚え切れなかった。私は短い、孝経の抜萃や明治天皇の御製ばかりをとなえていた。ある日、先生から、青少年にたまわりたる勅語や教育勅語もするように命ぜられた。私は口だけ動かし、皆の大声で唱えるあとから、チョボチョボついていった。それが堪らなく私の気持をかなしませ、家へかえって一生懸命暗誦ばかりしたが仲々覚えられなかった。

 その頃の遊びで私を有頂天にさせたのは劇ごっこである。手まりやお手玉は、不器用な私は下手であり、いつも仲間はずれであった。劇ごっこは私の作った遊びで、ストーリーをこしらえておかないで、出鱈目に台詞のやりとりをしながら結末をつくるのであった。この遊びに賛成してくれたのは、アリーや他四五人の友達であり、ボール紙でかんむりを使ったり、お面をかいたりして、放課後になると壇上へたって、同じことを繰返しながら、それがだんだん変った話になってゆくのを喜んだ。
 そのうちに又、私のはしゃいだ気分を抑えつけてしまうことが起きた。家の向いにある教会の御葬式と、巡礼と、アリーが大人になったことであった。
 ある日、教会で女学院の先生の告別式があった。お天気が悪くぽつぽつ雨が降り出していたように思うが、とにかくアスファルト道の両側にずらりと列んだ紺色のセーラを着た大勢の女学生が、まるで歌をうたっているように大声でないているのである。ランドセルを背負った私は、門口にたってその光景を半分物珍しげに半分おどろきながらみていた。近親にも、知合いにもまだ死んだ人がその時の記憶になかったから、死がそんなにいたましいものだとは知らなかった。みているうちにわけがわからぬままに急にかなしくなって、もらい泣きをした。家の中へ飛び込むと、
「死んだらどうなるの、死んだらどうなるの」
 と女中達にききまわった。彼女達は、手をまげてゆらしながら、お化けになるんだと教えた。後で、母にきいた時、
「いい子は神様のところ。悪い子は、針の山や火の海を越えてゆくの」
 ときかされた。そして女中がお化けになると云ったんだと告げたら、母は女中達に叱っていた。私は針の山を歩く自分を想像した。火の海を泳ぐ自分を想像した。しかし、悪い子とはどんな子であり、いい子は誰であるというその限界がちっともわからないでいた。唯、その先生の死の事件は、私を少し又、悲劇的にさせた。
 巡礼が通ったのは、その事件直後であった。日蓮宗の坊さん達が、長い行列をつくって、太鼓をたたいたり鉦を鳴したりして通ってゆくのを、夕ぐれ裏口でみていた。一つかみの御米を鉢の中に入れると、私の顔をじっとみつめながら御経をよみ出した。私もやっぱり御坊さんの顔をみながら西行さんのように感じた。けれどすぐ坊さんは立去ってしまい、何かその行列の中に云い知れぬさみしさを感じたのだ。
 アリーが大人になったのは翌年の一月頃だった。とにかく、長い休暇があって――それが休暇か、病気欠席か、はっきりしないが――ひょっくり学校に顔を出した時、まっ先に目についたのがアリーであった。アリーは急に脊丈がのび、ジャンパースカートをはいている腰のあたりがふくよかであった。そうして、大腿まで出していた短いスカートがうんとのばされ、膝のあたりに妙に静かにゆれていた。私はその恰好にびっくりしてしまった。
「アリーちゃん、かわったねえ」
 私は慨嘆した。アリーは意味ある含み笑いをして、私の知らないことを細
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