とだろう――)平気でやり、又人気を集めた。机や手提げカバンの中に贈物や手紙の類が舞いこんでいる。私の姿を廊下で追いまわしたりする人や、私の体にぴったり体をひっつけて泣き出す人や、私は別にうるさがらないで、それぞれ御礼の返事を出した。妙な快楽であった。その頃、やっと一軒家がみつかって、私達の家族だけ其処へ引移っていた。それは学校のすぐ下で、焼けた家からも近くであった。私は二階の半坪の洋間に、本棚と机をいれてやっと椅子を動かすことが出来るだけの狭さを喜んでいた。私は毎晩、四五通の手紙を書かなければならなかった。
その中に一人、女の教師の手紙があった。彼女は、以前私がその皮膚を愛した国語の教師の後を引ついでやはり国語文法を教えてくれていた。彼女には何の魅力も持たなかった。彼女は肥満した肉体をころがすように教場へはいって来て、よく透る声で古文をよんだ。アナウンサーになればよいのにと級長達と共に云っていた位、珍らしくはっきりしたそして暖みのある声であった。彼女は私によく居残りを命じ、山へ散歩しようと勧誘した。私はお供しながら、翻訳小説を静かに語ってくれたり、美しい詩を暗誦してくれたりする彼女の後に従って歩いた。ある国語の時間、一人ずつ五分聞演説をさせられた。私は喋ることを得手としていた。何でもいいから喋らなければならない。自分の幼い時に起った話、空襲の話、家の話、出席簿の順番に私があたり、私は自分のことは喋りたくないと云って何かペスタロッチと吉田松陰のことを喋ったようだった。とにかく、よみかきそろばん、という口調のよい言葉を大層嫌っていたので、その言葉をくそみそにやっつけたように思う。彼女は憎々しく私の意見に反対した。私はそれに反駁するだけの知識を持っていなかったので無表情のまま眼を引きつり上げて彼女の顔をみた。その日の放課後、彼女は私のその時の表情がかわいかったと私に告げた。私は少しばかりの憤りを感じたが黙っていた。彼女はしばしば私に手紙をよこすようになった。私は彼女に、気随に書いた詩や雑文をみせて批評を乞うた。彼女は私の詩を愛してくれた。けれど、彼女は私の数珠をきらった。
「ゆめをみるの、あなたの手が、血みどろになった手だけが、私を追いかけてくるの、その手に数珠がきらりと光る。私は毎夜、そんなゆめをみるの」
彼女は私に数珠などはずしてしまえと度々云った。私は離さなかっ
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