。お祈りをきらって、小さな部屋に監禁されたり、お庭へ放り出されたりした。私は、よく泣いたけれど、おしまいには、そうされることが、何か偉いもののように思われて、平気で、うすぐらい鍵のかかった小さな部屋の中で、おはじきやあやとりをしていたり、お庭の塀を登って、すぐ近い自分の家へ逃げかえって来たりした。すると母は私を倉の中へ押し込めた。私は、冷い床の上にすわって何時間もあやまらなかった。
幼稚園が、あまりひどい折檻をするので、乳母は、私をかわいそうだと云い、母と口論して、遂に幼稚園をやめさせてもらった。母は私を放任してしまった。別に、母に対して甘える気持もなく、かえって放任されたことを私は喜んでいた。手あたり次第に本をみることも、三番目の私から出来るようになったのだ。廊下を走ることも私がやってのけた。はいったらいけないと云われている、父の書斎や客間にねそべることもした。元気をとりもどした私は、手あたり次第に事件を起すことを好んだ。その時分から、平凡な退屈な生活が堪えられない苦痛であったのだろうか。
椅子の上に立ち上ってみたり、マントルピースの上の石像をさわってみたり、階段の手すりを持たないであがり降りしようとしたりした。けれども私は、粘りっこい根気がなかったから、出来ないとなるとすぐ又他のことに手をつけた。
しかし斯うした生活は長くつづかなかった。というのは、私は大人をしん底からうらみ、決してだまされはしまいぞ、という警戒心が起ったからである。その日から、私は、むっつりとした陰気な子になってしまった。
ある日、それはたしか晴れていただろう。母と女中の手にひかれて、K百貨店へはじめてお買物のお供をさせられた。私は珍らしげに、いろんな形や色をみた。母は何を買ったのかわからなかったが、そのうち私は、洋服地の売場へお供した。と、すぐ目の前に大きな人形がくるくるとまわっている。私はすっかりそれに魅了されて、その前にじっと棒立になっていた。女中が傍に居り、母は何やら又そこで買物をして戻って来たが、私はどうしてもマネキンからはなれようとしない。さあ、帰りましょうとうながされても、嫌、あれ持ってかえるの、と私は云い張ってきかない。しまいには泣き出して、あれがほしいんだ、とさけび通した。母はほとほと困ってしまうし、支配人も、もみ手をしながら、他の玩具を私に与えて機嫌をとろうとする。
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