た本屋で、雑誌をぱらぱらめくりよみしていた時、私はある一頁の右上にある写真をみて、自分がひきずられてゆくような感じを抱いた。それは特攻隊で戦死をした海軍士官の写真であった。今までは壮烈な死を遂げた勇士の報道に、大した感動もなかったのに、偶然ここに見出したその人の写真に、戦争という意識を抜きにしてひきずられたのだった。彼と何処かで会ったことのあるような気がした私はその雑誌を買い、その頁を破った。そしてその記事は一行もよまないで、その写真をじっとみていた。たしかに会ったことがあるのだと信じるようになった。それは、私の心に描いていた男性の面影と同じものであった。白い手袋をはめたがっしりした手を握ったような感触まで仮想し、それを信じ始めた。妙な感情であった。私は彼に恋愛感情を抱いているのだと思い込んだ。幼い頃よりの、おかしな想像力と、悲劇を捏造したがる趣味とが、忽然と又出現したのだった。真暗にした応接間のソファの上で寐ころびながら、彼の名前を呼びつづけたりした。それに、その時分流行していたコックリさんに、私の愛している人は誰ですか、とおうかがいをたてたら、彼の名が指された。私はますます彼に対する変な恋愛を深めて行った。
 学校での労働はますばかりであった。日曜日も作業があり、馬糞を荷車につんで運んだり、畠仕事や防空用水の水汲みなどをやった。勉強の時間はわずかになり、英語は全くなくなってしまった。数学は相変らず出来が悪く、級長は看板か、と毎時間しかられた。裁縫もその通りで、どんなにきれいに縫ってみたいと思っても何度も何度もほどきなおしをせねばならなかった。
 しかし私は真面目な生徒として先生間にもてていた。役目がらの義務観念より仕方なく真面目さを装わなければならなかったというだけで、自分自身拘束された身動きとれぬ恰好があわれっぽいとも感じた。やはり、規律とか秩序が窮屈であった。以前のように、なに臆するところなく飛びまわりたいという気持は絶えずあったわけなのだ。しかしもうその頃、子供の領域を脱していたから、縦横無尽に動くことは出来ないのだという諦めも半分あった。
 私の隣の席に熱心なカトリック信者がいた。アリーよりももっと独断的な信仰の持主で、私をしきりにカトリックへとひっぱった。教会へゆく人は教会へゆく度に一人ずつ信者をふやす義務があるようにさかんに彼女は級友を勧誘していた。
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