す。私はもう、家庭でのジェスチュアをつづけることが不可能になって来ていたのです。疲れて来たのです。それによい仕事が出来ないことも、書けないことも原因だったのです。生きてることにしたら、又|掩《おお》いかぶさってくる。それらのこと。それらの重さ。私は、彼に云いました。黒部へ一しょに行って下さいと。ああ小母様。私は何ということを云っちまったのでしょう。洩らしたのでしょう。彼の幸せに、彼の未来に、罪深いとるにたらない私が、遮断機をおろすことになるんです。私達は、喫茶店を出ました。私の荷物、つまり原稿と、ミローのレコードと、青白き大佐に渡すべく借りていた品々。それを預けて。重い足どりでした。私達は、屋台のめし屋へはいって、かす汁をのみました。それから駅の近所へ来ました。彼は、電報をうつと云うのです。私は、黒部へ行ってくれるのだと解釈したのです。ところが、彼は自宅あてには打ちませんでした。その夜何か会があるらしく、ゆけないという電報でした。それでも私は黒部へ一しょに行ってくれるものと信じました。十時半の汽車まで、まだ三時間あまりあります。
(小母様、私の愛用の万年筆のペン先が折れました。)私と彼
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