ルテットの楽譜をみて、彼はおそらく、気持がおだやかじゃなかったことでしょう。喫茶店や何かで、いい音色に出くわすと、彼は堪らなく落ちつきなく、耳にはいる音の流れを追っているのです。私は意地悪く、その表情を観察したりしてました。
小母さん。青白き大佐は、私を嫌いだ、嫌いだといってたのです。だけど、よく私を訪問しました。そのうち、私は青白き大佐と結婚したら、幸せになれそうな気がしたのです。彼は、とても大人だから、私が何を云おうと、何をしようと、眺めてくれるんです。私は神経をつかわなくて済むし、気楽だろうと思ったのです。そして、私と青白き大佐は、遂に婚約しました。それがふるってるんです。契約書をとりかわしました。拇印を押しました。だけど、私は実際のところ、真剣に結婚を考えてはいなかったのです。だから、買主が大佐、売主が私。売物は売主と同一のもの、但し、新品同様、履行は、昭和二十九年。さらい年です。など二人でとりきめながら、至極かんたんに契約したわけなんです。彼の気持などは、私、ちっとも考えないし、想像もしなかった。それが、十一月十七、八日のことです。人に若し喋ればこの契約は放棄になるなどとい
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