を、裏がえして男の前につき出したのです。
兵庫県警察局長、とかいたはんが押してあったのです。男の血相がかわりました。その封筒は、あゆみという雑誌がはいって、毎月、私の家へおくられて来るものです。丈夫で便利なので、私はそれをよく原稿いれに利用していました。
さあそれからが大変、その男は狼狽し、みる間に卑屈になりました。私は男の態度を、最初冷淡にみていましたが、あまり気の毒なので、それに、うるさいので、ごめんなさいと云いました。警察局長と、どんな関係か、私は説明させられたり、とにかく大騒ぎになったのです。彼は男を大へんいたわっていました。一時間以上も、男はうろたえつづけました。私はうるさくなって、彼に出ようと云い、遂に、席をたちました。でも、柔い顔をみせていました。男は、隣りの果物屋で果物をかい、私にもたせました。私はとても不愉快でたまりませんでした。さて、彼と二人になった時、私はいきなり彼から叱責をうけたのです。残酷なことをしたもんだと。そして、彼にはおふくろもいるだろうし、生活も苦しいんだろうと。私は黙っていました。それより、私は自分のした行為やその事件よりも、彼とのことの方がはるか重大だったのです。自動車にのって、大阪まで結局もどることになったのですが、その車中で、こんな気持のまま帰れないと私は云いました。彼は帰れとか、帰るなとか、随分の酒量でしたから、何かかんかその時その時の言葉をはきつづけました。自動車を降りてからも、私達はまるでいさかいをしているようだったのです。私が、家へ今夜かえらぬの電報を打つと云いますと、電報なんて打たないで、帰らないで居れと云うのです。そして、私が黙ってますと、俺があと責任もってやればいいんだろ、と云いました。私は、責任とかいうものを、お互に意識することをとてもいやに思っておりました。恋愛に、義務や責任などないんですもの。小母様。私自身、事務的な対人関係や仕事のことでは、とても、責任感が強いのです。でも恋愛で責任のとり合いなんか、私はしたことがない。責任だと感じるなど、それは恋愛だと思いません。私達はホテルのあるあたりを随分うろうろ云い合いをつづけたまま歩きました。結局、私に帰ることを彼はすすめました。私もうなずきました。駅に出て、私は切符を買いました。それから又、喫茶店へゆきました。彼は、ひどくよっぱらっています。そして、巡査との事件を持出しました。私はそんなことどころじゃなかったのです。冷酷なんだ。彼は私に云いました。ええそうよ。私自分自身、嫌な思いを我慢するのは出来ない、ってこたえました。私は実際、男に同情など持っていませんでした。今考えてもそうなんです。卑屈なのはとてもきらい。彼は、とても巡査に同情していました。そして世の中ってあんなものだ。俺達の世界でも、そうなのだと云うのです。ああ私は、卑屈に生きることを認めていることに対して、少し憤りました。でも黙っていたのです。彼は、話をかえて帰りたくないなど、度々云うものじゃない。云うな、と怒号しました。喫茶店は満員です。大勢の人がこちらをみていました。でも私は別に彼の態度に干渉しませんでした。とにかく、やたらになさけなかったのです。くしゃんとなっていたのです。だからもう云いませんと申しました。彼は、私をひっぱるようにして、私の乗場のところ迄、ひきつれました。そして、改札口へ私がはいる時、又大きな声で云いました。
「今、俺とキスしよう。ようしないだろう」
そして、せせら笑いを残して帰ってゆきました。私は、その時ふと緑の島のことを思い浮べてしまいました。緑の島も、よくお酒をのむ人でした。よく二人でのみました。しかし、いつも笑って握手をしてさよならしたものでした、勿論、私がすねてお説教をくらったこともあります。私がいらいらして、怒ったこともあります。でも別れる時は、笑顔だったのです。私は、自分が緑の島を思い出したことに対して、ひどく又自分をいじめました。重い気持で電車にのったのです。
もう、鉄路のほとりとは、まったくつながりがたたれたように思えました。でも、私はやはり彼を愛しているのです。その日帰宅してからも、電話がかからないかと待っておりました。そして、机にむかい、彼に速達をしたためました。
あなたの愛情が感じられなくなったと。
もうおしまいのようだと。そして、お返ししたいものがあるし、さし上げたいものがあるから、三十日午後十時迄に、連絡して下さい。三十一日は、一日あいているようにきいてましたからと。何時でも何処でもいいと。五分間でいいのだと。
小母様、私はどうにもならなくなって、又生きる元気を失ってしまったのです。幸せになれると思ったのは束の間でした。二十二日から二十五日迄でした。私は、鉄路のほとりを愛しています。でも、それが真実
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