実にかきましょう。彼は、笑顔もみせないでのみ、私に話しかけるよりも、店の女に喋っていました。私は、でも一しょにいるということで嬉しいでした。そのことだけでもよかったのです。ところが随分のみ出した彼は、私にむかって、又嫌味のようなことを云い出しました。
「俺が神戸で会った女の中で、お前は一番げのげのげだ」
 その意味がききとれず、もう一度たしかめました。質の悪い女だそうです。そして、男の自虐は魅力だけど、女の自虐はみにくいと云いました。私は殆ど黙ってきいていました。彼は又、男にかしずかれて喜んでいる女性だとも私にむかって云うのです。それはおよそけんとうはずれな彼の解釈でした。小母様、私はそんな女かしら。まだかしずかれたことはないんだけど。私はかしずかれようとさえ、思わない。私はいつも愛されるより愛す立場の女ですし、ほんとにどうして、彼がそんなことを云うのか、私わからない。でも私黙ってました。二十二日にくらべて。
 ここで、午後十二時半、今月は、家で忘年会。まっ先に、作曲家の友人が来て、原稿は中絶。
 今が午後十一時。
 大勢来て、のんだ、くった、うたった。
 小母様、又、前後しますが、今日、三十日の午後十時は、私、とても痛ましい十時だったのです。そのことは又、だからと云って、これを書きつづけるのに、気持が変ったということはありません。十時以後もペンを持てば、前と同じです。さあつづけましょう。
 ……二十二日にくらべて、何ということでしょう。鉄路のほとりは、すっかり変った態度なのです。私達は、のみ屋を出て、あるコーヒー店にはいりました。相変らずの調子で、私につっかかるのです。私は単純だからむずかしいことを云われたってわからないんだと云いました。彼は鼻先で笑います。そして、黙って私の顔をみてました。何考えているの、と私問うたのです。彼は、何をかんがえているか、当ててみろといいます。私、わからないってこたえました。
 ――まんざらでもない顔してやがる――
 彼は、私の顔みて、そう云ったのです。まんざらでもないって、どんなこと、私ききました。すると、彼は単純にとらないと云って又おこるのです。私は、とにかく、お酒のせいで荒れているのだと思うようにつとめました。其処を出て、ふらふら歩きはじめました。彼は十三まで自動車でおくるといいました。
 ――今日は帰らせたくないんだ――
 そう云った後に。
 十三近くまで、私達は抱擁しあっておりました。しかし、二十二日とちがって、彼はとても冷淡で、邪慳でした。私はこのまま帰るのはどうしても嫌だと申しました。そして、又、車を降りてから歩き出したのです。一言云えば、何かつっかかられるので、私は黙っていました。何かのはずみで、私がどんな時でもあなたのことを考えていると云ったら、嘘をつけ、と高飛車に云われました。実際、私は一人で居る時も、大勢いる時も、彼のことを考えつづけてましたもの、それは本当なんです。彼は又、私の小説のことにこだわって、本当のことがどうして書けないのだ、など云います。踏切番のいない踏切をよこぎる時、私、このまま轢かれてしまいたいと思った位です。彼は、わけのわからぬことを云いつづけました。十三の駅近くへ戻り、私はやっぱりこんな状態で別れたくはないと云いました。そして、とあるのみ屋へ又はいったのです。小母様。そこで又、ある事件が起ったのです。
 一人の若い男が非常にのんで居りました。スタンド式にたっているところです。さて、私と彼は、相変らずいがみあった感情のまま椅子にこしかけました。と、その男が、何かかんか云ってくるのです。最初はとても朗かに、話題を提供しはじめたので、私は別に不快じゃなかったのですが、私の肩に手をかけたりしはじめたのです。そうです。私は、その男の隣りに、だから、彼と男の真中にいたのです。私は、見知らぬ人に、体にふれられるの、とても嫌なんです。見知らぬ人でなくともそうなんです。だから、カーッとなりました。男は若輩の巡査かよた者のようでした。巡査であろうと思います。指に繃帯をして居りました。何かかんか云い出して来て、俺はこんな者だと披露し、私と彼の名前をきくのです。彼は、とても機嫌よくその男の話相手になりました。ところが私にとっては、その行為はさみしいことなんです。そのうち、又もや、男は私に肩組して来ました。そして、あなたは誰だというのです。その前に、彼にも誰だときき、彼は、本名と住所をかいて、彼に渡していました。私は、感情的に、皮膚的に男を嫌がっていました。ふと思いついたのです。私のハンドバッグの下に、封筒があったのを。その日、民芸品の店屋から、原稿を頼まれていて、二枚ばかり書いた後一二枚の白い原稿用紙が、その封筒にはいって手許にあったのです。私は、その封筒(じょうぶくろっての)
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