と家庭のこと。その日だって、さっさと帰ればいいものを、電車を神戸で降りると、もういやあな気持になる。十二時半までものんでいました。家から脱出したい。その方法、個人、私一人でどうしても生活すること。或いは結婚。しかし、鉄路のほとりとは、私が承諾をしただけで、それはいつになるかわからぬことなのです。彼が又、解消を云い出すかも知れません。彼には、年よった母が居ましたし、弟達も居るのですから、三番目は、やはり死。それしか、今の苦しさ、家での束縛から逃れることは出来ないのです。私は、いろいろと随分考えたものです。そして最後にうかんだのが、小母様、青白き大佐だったの。
 随分冷えて来ました。多分二時すぎでしょう。一応これで今日は終ります。ひる間は、富士正晴氏が来、それから、一しょに外へ出ました。兄との約束を忘れず、兄のところへ行ったのですけど、兄は五時に仕事を終らせることが不可能だったので、私は一まず帰宅しました。夜、兄が帰り、私の友人共が集り、その中には、ここへ書かれた人の中二人が居ます。そして、冗談をしゃべり、のみくいしましたの、私の部屋で。皆がひきあげ、風呂を浴びてから、三十枚近くかいたわけです。だからもう三時かな。明日にします。今日兄はとても快活で、私も一安心だったのです。だけど、私は皆と喋っていても、原稿をかいても、鉄路のほとりのことで一ぱいなのです。小母様、その後の出来事がまだあるのですよ。二十二日まで書きましたね。後、二十八日迄。六日間のこと。小母様、私、どうしてこうも苦しまなければならないのでしょうか。では又、明日、おやすみなさい。
 頭髪をあらって、すっかりさっぱりしましたわ。三十日の朝なんです。今日、鉄路のほとりから、何らかの連絡があると思うのです。速達を出して、今日の十時迄に、明日会うことへの返事が来るのです。このことは、又前後重複になるのであとにしましょう。
 昨夜のつづき。
 小母様、年末も年始も小母様は静かなようですね。
 さて、二十三日の朝、私は起き上るとすぐ、青白き大佐のところへ電話致しました。彼は不在でした。私はすぐ手紙を書きました。契約証を返してほしいという。小母様。何という私の行為。昨日、鉄路のほとりに求婚し、承諾したのですよ。だけど、ああ私はその行為に裏附けられるはっきりとした理由をもちません。その夜は、研究所の同人会でした。三軒ばかり飲み歩きました。そして、何もかも忘れてしまいたいと思い、わざと酔っぱらおうとしたのです。そうです。その日のひる間、私はパーマネントをかけました。青白き大佐が、すすめていたことなんです。その軽々しくなった頭髪の感じ。だけど、私は、心の中にいやなものが沈滞してました。ますます自分をみにくくし、ますます自分をきらい、ますます自分をみじめにする。その翌朝、それは二十四日、又、青白き大佐に電話をしました。彼は不在でした。私の心の中には、自分の行為に相反するもの、鉄路のほとりの存在が強くきざみこまれているのです。それなら、どうしてすぐにでも彼の許へ行かないのでしょう。私は、大阪へゆきました。そして、富士氏に会いました。だが、鉄路のほとりへ電話は致しません。青白き大佐をよんだのです。その夜、クリスマスイーヴ。富士氏と、青白き大佐と私は、大阪で少しのみました。そして、青白き大佐と共に帰神したのです。鉄路のほとりへの愛情と、自分の矛盾した行為を、冷淡に自分でみとめながら。でも、神戸へ帰って、すぐに家へ電話しました。鉄路のほとりからの連絡がないものかと。ありませんでした。丁度、その日は、研究所のおしまいの日なんです。だけど私は行きませんでした。そして青白き大佐と又のみました。彼はひどく私に説教をしました。黒部へゆくなら、本気で死ぬなら、どうして黙って行かないのかと。一体行く気持の原因はそんなに軽々しく取止めることの出来るものであったのかと。私は、ほとんど話をきいておりません。唯もう鉄路のほとりのことで一ぱいなのです。私は、青白き大佐に、別れる時、私が出した手紙はよまないで下さいと申しました。そして私自身ほっとしたのです。やっぱり私はもう何もかもすててしまうんだと。唯、ひたすらに鉄路のほとりだけを愛するのだと。私は知合いに、逆瀬川にある一室を借りる旨申出ました。私は家を出て独りになって生活しようと考えました。そうして、家庭のことの苦しみに終止符を打てば、仕事だって出来るだろうと思いました。
 青白き大佐は手紙をよまぬことを約束してくれました。そしてその翌日、二十五日に会ったのです。彼は封をしてある私の手紙を私の前へ出しました。私はひったくって破り捨てたのです。何が書いてあるのかを青白き大佐は見事にあてました。契約書のこと。そうだと私はこたえました。大佐は、その理由を別に問わなかったのです。
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