ありました。彼は愛情を持っていなくとも、一しょにいることさえ、鉄路のほとりに済まないような気持になっていたのですから。ぼうやをはさんで、自動車で王子公園にむかう途上、私は、二十二日の黒部行を目の前にひかえて、その日は十九日です。神経が鋭利になっていました。その時、青白き大佐がある事件を教えてくれました。彼は、昨夜の大阪駅での、鉄路のほとりとのいきさつを私に云ったのです。青白き大佐は私の居ない時、鉄路のほとりに、例の芝居の舞台稽古の話をし、研究生から反感をかわれたことを告げ、君のために、俺は代べんしてあげたんだ、と云ったのだそうです。鉄路のほとりの答えは、
「それはさぞかし劇的であったでしょうね」
 だったのだそうです。青白き大佐は大へん腹をたてていました。私は、そのことをきき、青白き大佐に腹をたてたのです。公園へはいり、ぼうやを、木馬にのせ、遊ばせてやりながら、「私の一番嫌いなことは、あなたのために、こうこうした、って云うことです」
 と云いました。そして、青白き大佐の行為を、思わしくないように云ったのです。私、ほんとに、恩にきせるようなせりふは大嫌いなんです。彼は、自分のやったことは正しいと主張しました。私、だまってしまいました。とにかく、何もかも面倒になったのです。それより、ぼうやとうんと遊んだりしました。メリーゴーランドにものりました。もう、青白き大佐には、嫌悪を抱いてました。でも、契約解消は申し出なかったのです。封筒にいれてあるんです。昨日かいた手紙と共に。でも理由や何かを説明するのが面倒だったので、どこかへあずけて置いて、それでおしまいの方が簡単だと思ったのです。その日はそれで終りました。
 その翌日、私はいかにくらしたか記憶していません。とにかく、いそがしかったようです。あ、多分、おばさんと、喋ったのが、その日だったかも知れませんね。いやそうじゃなかったかな。私は、令嬢の友人のところへ行ったのだ。そしてたのしく話をし、丁度二十一日に、キングズアームスホテルのカクテルパーティーに私招待されていましたので、令嬢をさそったのです。外人の中で、のんだりすることは、大にが手ですけれど、彼女は好きなことなんです。そうだ、その日やっぱり、おばさんのところへ行ったんだ。その夜、研究所。私は、死を思いつめてました。私の芝居をやってくれた、とても優秀な私の好きな人や、同人の人と、いつもジャンジャン横丁へ行き、私は、随分歌をうたいました。そして、自宅へもどったのです。二十日の月曜日は、昼間、私は何をしたかすっかり忘れましたが、夜は、約束のカクテルパーティーに、令嬢を伴って、出かけたものです。さてその帰り、私は、どうしても、鉄路のほとりに会いたい気になったのです。私は京都へ行こうかと思いました。ところが、ハンドバッグの中には、百円札が二枚と、十円札がわずか。今から京都へ行っても、市電はなし、かかとの高い靴をはき、シルクのいでたちだったので、まさか歩くわけにもゆきません。私は、鉄路のほとりに電報を打ちました。明日午後三時に大阪のいつもよくゆく喫茶店で会いたいと。私は、とにかく、もう一度どうしても会いたかったのです。単にそれだけ。そして会ってから、黒部へたつつもりでした。令嬢を、自動車で送り届け、私は、自宅へ。机の上などをかたづけ、お風呂にもはいり、まっさらの下着を身につけて寐ました。
 小母様。二十二日が来るのです。私は、いつもより以上に、家庭であいきょうをふりまき、ほほえみかけました。そして十時半頃、最近かったスピッツとじゃれたりしてから外へ出ました。ズボン。それにスェーターを二三枚着て、ぼろぼろのトッパーをはおり、穴のあいた手袋をはめていました。ハンドバッグの中には、その日のため貯めておいた千円札と百円札。それに、千円の小為替。それから、真珠のネックレスと、ダイヤやルビーをちりばめた指輪。風呂敷づつみには、ペンと原稿用紙、というのは、その朝、急に書きたくなって十枚ばかりばりばり、芝居のものを書きかけたのです。いちばんはじめに書いた〈鋏と布と型〉の原稿です。それを途中で筆をおき、三時迄の余暇に、喫茶店で書きあげてしまおうと思っていたのです。さて、風呂敷の中は、青白き大佐から借りていた本二三冊、それは建築の本でした。彼が家をたてるというので、私は、そのデザインをまかされていたのです。いずれ、二人で住むかも知れない家だったかも知れません。それと封筒の中に、契約証と破約の短い文章。これは前にかきました。それ等がはいっておりました。私は、宝石屋へまず寄りました。最初の家で、両方とも三千五百円だと云われたのです。一万円は大丈夫だと思ってたのですから、がっかりしました。次の店で三千円。その次の店では、何と二千円。私は売る気がしなくなりました。品物に対
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